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戦前、戦後も隠れ共産主義者が暗躍する日本。戦後は家族制度、伝統文化破壊に移行、究極の破壊目標は、天皇の存在(二段階革命論)

高校生のためのおもしろ歴史教室 45.コミンテルン史観についてより
 「歴史認識の問題 その7」は、獅子身中の虫である隠れ共産主義者の暗躍の始まりである「コミンテルン史観」についてです。今なお日本の歴史学会の主流がこのコミンテルン史観(発展史観)です。したがって、日本の歴史教科書もほとんどこの主張でつらぬかれています。マスコミや政治家もこの思想に洗脳されています。
 
  マルクスとエンゲルスによる共著「共産党宣言(1848年) 」や、マルクスによる「資本論」 は、魅力的な主張であり多くの支持者をインテリ達の中に獲得しました。日本では三木清[1897~1945]がマルクス主義者の草分け的存在であり、京都大学経済学部の教授でした。また、共産主義者として生涯を終えた「貧乏物語」で有名な川上肇は、経済学部の学部長までつとめました。この川上肇をしたって近衛文麿は東京帝国大学をやめて京都帝国大学に入り直して師弟関係を結んでいます。
 近衛文麿の下にもゾルゲ事件で有名な尾崎秀実がいました。彼は、東京帝国大学の出身で、朝日新聞の記者として出発し、コミンテルン(ソ連の国際共産主義謀略推進機関)のエージェントとして近衛文麿の「隠れ共産主義者」としての行動を助けました。尾崎や近衛の例にみられるように、東京大学や京都大学の出身者に多くの共産主義者がいました。
 
 マルクスはユダヤ人です。ユダヤ人は、キリスト教の世界となったヨーロッパで、キリスト殺しの汚名を背負って生きていました。ユダヤ人達は、生き延びるためには、それぞれの国家の愛国心を解体する以外にないと考えました。フランス革命を指導したのもユダヤ人です。自分たちを迫害する王政を倒すことが自分たちが生き残る方法でした。

 そこでマルクスが登場します。マルクスは、労働者の不平不満を引き出して対立闘争のイデオロギーを打ち立て、それぞれの国に争いを持ち込んで、混乱させることによってユダヤ人を迫害する国を崩壊させようと考えました。不平不満は物事を引き裂いて対立させ崩れさせる働きがあります。
 マルクス主義の何処が魅力的な思想かというと、人類の歴史を階級闘争の歴史であるという史的唯物論が、人類歴史の発展を上手く説明していると思えるからです。
 支配者=悪玉。被支配者=善玉というトリックは巧みです。現代の支配者は資本家。被支配者は労働者。資本家達たとえば、パナソニックの創始者の松下幸之助、ホンダの創始者の本田宗一郎、京セラの稲森和夫などの創始や大企業の後継者は資本家ゆえに悪玉。企業精神を持たずに労働者で終わるもの。低賃金で喘ぐものが善玉。搾取されているから這い上がれないという論理も虚構。松下幸之助、本多宗一郎、稲森和夫は、極貧の中小企業主か、労働者をルーツとする。出自は善玉である。時代を過去にとると、善政を施しても上杉鷹山(大名)は支配者ゆえに悪玉。農業改革にとりくんだ二宮金次郎(尊徳)は地主ゆえに悪玉。一般の農民や小作人は、支配されているから善玉。

 冷静に考えればおかしいと思いませんか?マルクス主義は人間の持つ劣等感や妬み心を満して良きもの―伝統文化など―を破壊する悪魔の思想です。
 なぜ、悪魔の思想なのか。ロシア革命は粛正につぐ粛正で皇帝一家はもとより大量虐殺を成立過程でおこないました。大量のシベリア抑留者を出しました。毛沢東の中国革命も同様です。
30年前に中国旅行したときに年配の同行者から興味深い話を聞きました。共産党が政権を取ってから農村で映画上映をしました。集まってきた農民を取り囲んで逃げられないようにして、手を一人ひとりチェックしてきれいな手の人がいると、地主だとして全員トラックで連れ去ったそうです。虐殺記念館の遺骨は、共産党政権みずからの虐殺あとであると言えるのではないかと密かにおもっています。チベット族やウイグル族にたいする非人道的扱いも人命軽視も甚だしいと思います。マルクス主義に陶酔すれば、人民の敵と決めつければ何をしても良いのです。中国の支援を受けていたカンボジアのポルポト政権は自国民を4年間で170万を大量虐殺しました。理由は、教育を受けている、インテリだとうだけで反革命分子であると断定したからです。ロシア、中国、カンボジアの共産党政権が間違っていたのだと共産党の支持者は抗弁しますが、共産主義思想自体に、大量虐殺、伝統文化破壊の要素が含まれているからに他なりません。なぜなら、富者にたいする妬み、そねみ、うらみが思想の根底にあるからです。対立と闘争を煽って伝統を破壊して、労働者政権を作るというコンセプト自体に問題があります。

 このことを教えてくれたのは「日本人に謝りたい」モデルカイ・モーゼ著久保田政男訳(新版1999年 日新報道)でした。日本は大好きでしたが、史的唯物論の虚構に完全に気づいたのは、この本を読んだ2011年の事ですから、ずいぶん長い間マルクス主義に幻想をいだいていました。モデルカイ・モーゼは実在の人物ではなく、久保田政男が真の著者であるという説もありますが、内容は「目からウロコ」でした。結論のみを記しましたのでとまどうとおもいます。
 
 これも、自虐史観と同じで自ら探求・研究してもらいたいテーマです。洗脳は自ら解くしか解決方法はないのです。
 元外交官だった馬渕睦夫、元高校教師であった若狭和明、元筑波大学の教授であった中川八洋などの著作を読めば、いかに政治家、マスコミ、ジャーナリストに隠れマルキストが潜在し、日本をリードしているかがよくわかります。と同時にマルクス主義の虚構についても理解がすすむと思います。

 私も実は、三木清、川上肇などが教鞭をとった大学の経済学部の学生でした。時代はマルクスのいう資本主義の崩壊と社会主義・共産主義の方向に向かっていると感じていました。しかし、ロシア革命における大量虐殺や赤い貴族(中国やロシアなどの共産主義政権の共産党員)の存在に違和感を感じていたのも事実でした。その違和感を最終的に晴らしてくれたのが、「日本人に謝りたい」という本でした。
 日本における共産主義者たち・隠れ共産主義者の主たる目標は、戦前から、支配階級の象徴であり、日本封建制の遺制である天皇を打倒することです。このことは今も変わりません。天皇あっての日本のアイデンティティであると思うのですがいかがですか?
 隠れ共産主義者の誕生は、国際共産主義運動を主導したコミンテルン(一国で共産主義革命をなしとげたソ連が世界革命をすすめるための組織)の1935年の指令です。


    1928(昭和3)年のコミンテルン第6回大会
      1.自国の敗北を助長すること
      2.帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること
      3.戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること
    1935(昭和10)年のコミンテルン第7回大会
      「人民戦線戦術」を決議し、共産党は表にでないで「民主勢力を利用し
       て反ファシズム人民戦線(フロント)」を結成する


 若狭和朋著「日本人に知られては困る歴史 日露戦争と世界史に登場した日本」より部分抜粋しました。ちなみに、今の(2015年)安倍政権にたいする日本共産党の主張もこの「人民戦線戦術」です。ひさしを借りて母屋を乗っ取ろうという戦略です。ロシア革命も二段階革命つまりこの方法で政権を暴力で奪い取りました。中国革命も同じです。西安事件で国民党の蔣介石を張学良に捕まえさせ、国共合作を強いました。つまり、強制的な人民戦線の構築です。さらには、国民党の蔣介石と居留民をまもる日本軍との闘争を画策し、見事に両者を消耗させ、漁夫の利を得て1945年の日本の敗戦後の1949年に中華人民共和国を成立させました。コミンテルン第6回大会及び第7回大会の指令どおりです。

 日本の近衛文麿を筆頭とする隠れ共産主義者たちは、陸軍及び海軍の隠れ共産主義者の協力を得て、この指令どうりに日中戦争や太平洋戦争を引き起こし、そして予定どうり敗北しました。国家総動員法は、疑似共産主義体制の構築です。近衛文麿は息子を共産主義ロシアに留学させていました。山本五十六の率いる海軍が戦争に突入したのも日本を敗北させるため。戦後のWGIPで海軍が糾弾されていないのは何かうらがあると思いませんか?
 戦争末期の一億玉砕や本土決戦のスローガンもソ連の侵攻をまって、日本に共産革命を成し遂げるためでした。そう考えれば戦争末期の和平交渉にスターリンを頼ろうとしたのもすっきりと筋が通るとおもいませんか?


 予定外は昭和天皇の終戦の詔勅によって、本土決戦は回避され、共産主義政権ができなかったことです。

 太平洋戦争のもう一方のリーダーであるルーズベルト大統領も隠れ共産主義者でした。ブレーンにも多くの共産主義者がいました。「戦争犯罪宣伝計画(WGIP)」を企画実行した多くも隠れ共産主義者でした。このことはアメリカでは事実であると確認されていますが、日本の歴史学者もマスコミも触れることはほとんどありません。


 戦前の日本は一枚岩ではもちろんありませんでしたが、トップを握れば、近衛文麿のように共産主義革命直前まで導くことができます。したがって、WGIPがなぜやすやす日本に定着してしまったか。いまなお、発展史観という美名に惑わされ、共産主義の魅力に取りつかれて、天皇を廃止し、個人がきらきら輝く国家をつくるという幻想をいだいている隠れ共産主義者がマスコミにも、政治家にも、学者にもたくさんいるということではないでしょうか。表の共産党、社民党の支持者のことではありません。隠れ共産主義者(ここでは触れないフランクフルト派を含む)のことです。批判されている河野洋平元官房長官や村山富市元首相、鳩山由紀夫元首相だけではありません。

 そして、東大、京大などを頂点とする歴史学者たちが編纂した教科書で学ぶほとんどの日本人もしらずしらずのうちに無血の共産主義革命をめざすために秩序を破壊することが主目的である自虐史観や伝統文化を破壊する思想潮流に加担しているのではないでしょうか。私もその最近までその一人でした。


高校生のためのおもしろ歴史教室 49.南京事件についてより
 ここで重要なことは、日本の「教科書改竄」事件などをきっかけにとあることです。日本側から情報から始まったとあります。 ありもしない教科書改竄ということをわざわざ中国に告げ口をする朝日新聞の姿勢にこそ南京大虐殺のでっち上げが日本で真実としてまかり通り、中国が世界に発信できる真因があると考えます。日本人の一人一人が、マスコミや日本のコミンテルン史観にもとづく教科書(ほとんどすべての歴史教科書)の嘘に気づくことが必要ではないかと思います。

 「世界史A」 平田雅博・飯島渉ほか9名著(実教出版社 平成24年検定済)の「第二次世界大戦 1-日中戦争とヨーロッパの危機」の項を読めば、コミンテルン史観がどのようなものかがわかります。
 
 「日本の侵略拡大
  満州事変と満洲国建国後、日本(とくに陸軍)は財閥とむすんで、広大な土地やぼう大な資源をうばいはじめた。
 これに対して、中国の人々の抵抗は高まった。延安を根拠とした共産党軍は、反地主闘争や援農活動も含めておもに農村地帯で頑強な抗日戦争を続けた。一方、蒋介石の国民軍は、アメリカ・イギリスの援助も受けながら共産党軍とともに日本軍ともたたかっていた。
  日中戦争
 1937年7月、北京郊外の盧溝橋での衝突(盧溝橋事件)をきっかけに、日本軍は本格的な中国攻撃を開始した。日本の近衛文麿内閣は戦線不拡大を唱えながらも軍部を抑えられず、華北から華中へと全面戦争が展開されるにいたった(日中戦争)。国共両軍は協力に転じ、抗日戦争はいっそうはげしさをまして日本軍は苦境にたたされた。同年12月には、日本軍は南京を制圧し、そのさい軍民に加えられた残虐行為はいまなお大きな問題となっている(南京大虐殺)。
 広大な戦場で苦戦をしいられた日本軍は、「点と線(都市と鉄道)」のみしか支配できず、食料も現地調達とされたため、各地で略奪や暴行などが頻発した。それらの事実は南京大虐殺も含めて当時の日本国民には何もしらされなかった。国民政府は奥地お重慶にのがれたが、日本軍はそこへも無差別爆撃を加えた。
  朝鮮支配の強化
 日中戦争の全面化にともない、朝鮮では、米や綿花・鉱産資源の収奪が強化され、日本風の姓を強要する創氏改名、学校での朝鮮語の使用禁止、神社参拝強制などの皇民化政策がとられ、強制連行や徴兵制も実施された。」(p186)

 私も最近までこのような教科書の記述をもとに歴史を教えてきました。現在の尺度で過去を裁くのはおかしいという立場でしたが、日中戦争そのものは日本の侵略ではないかと思っていたのです。しかし、日中戦争そのものも、中国共産党の策謀と挑発行為によって生じたものであること、大東亜戦争自体もマッカーサーのいうように自衛戦争であったということを確信するにいたりました。

 ただし、どのような策謀も日本内部に共犯者がいなければ成り立ちません。日本が敗北することを策謀し戦争拡大を仕組んだ近衛文麿首相に代表される隠れ共産主義者(山本五十六など国際共産主義者ーワンワールドのエージェントを含みます)の存在も見逃すことはできません。否、国内が一つであればどのような策謀にものることはなかったでしょう。

 ほとんどの日本人は、学校やテレビの伝える歴史以外に、詳しい歴史を学ぶことはしません。教科書に書かれていることだから、テレビの言うことだから、日本のほとんどすべての歴史学者の言うことだから真実ではないかと思うでしょう。しかし、この教科書の内容は、全てうそで固められています。警察官の個人の犯罪を警察官全体の組織犯罪とすることは間違いです。同じように例外的な個々の事象を針小棒大に取り上げて歴史を組み立てることは本当の歴史ではありません。そのような歴史はこの教科書の記述のように、大筋や流れは、全てうそです。日本の歴史教科書は、国際的な共産主義運動の思想宣伝であるコミンテルン史観にもとづく歴史観でつらぬかれています。
 日本の歴史教科書がコミンテルン史観にもとづくということは、日本の歴史者のほとんどが、史的唯物論にもとづく歴史学者であるということです。なぜこうなったかは、アメリカ占領軍が日本を解体化し、日本をアメリカの奴隷国家とするための直接計画である戦争犯罪宣伝計画により、東大、京大のトップが共産主義者で占められたことによります。後継者を自分と同じ思想傾向の人にするのは、組織の常識です。いまだに、戦争犯罪宣伝計画にしばられているのです。
さらには、戦前からの隠れ共産主義者の存在もあなどることはできません。

 従軍慰安婦問題にしても、南京事件にしても、大東亜戦争の真実にしても、嘘がまかり通り、日本人の大半が自虐史観から目覚めることができないで、中国や韓国のいわれるままに信じてしまっています。


高校生のためのおもしろ歴史教室 47.満州国と日中戦争の真実についてより
 現在の日本を例に説明をします。アメリカや中国やタイに日本のメーカーの生産拠点がたくさんあります。そこに反日運動がおき、日本人が虐殺され続けたら今日では、アメリカや中国、タイの政府に日本人の保護をお願いし、工場や日本人の居住している地域にガードマンを雇い日本人の保護を行い、工場を守ります。それでも解決しないならば撤退するしかないでしょう。

 さて、日清戦争、日露戦争等の結果、中国の東北部(満洲)に鉄道を引き、工場を建てました。当時としては非難されるべきことはありません。中国も日本の進出を歓迎していました。1919年共産主義化したロシアは、共産主義洗脳を中国に展開し、反日運動を煽ります。ロシアは日本と中国を戦争させ疲弊させ、中国もさらに日本も共産主義化しようともくろみます。国際共産主義運動の始まりです。ここで、日中の友好関係は崩れます。すべての元凶はロシアの共産主義革命にあります。

 満洲や中国の沿岸部にある日本の工場や鉄道などのインフラに中華民国の国民党政府軍が攻撃をしかけ、虐殺を繰り返すということであれば、当時の常識として軍隊で日本人の所有する工場を守るということが常識でした。国際的に認められている権利でした。
 そのような前提のなかで、宮脇淳子の「真実の満洲史」から引用します。
 「満洲国が建国されるのは、結局、ロシアの革命派が中国のナショナリズムを煽ったのが原因です。中国人が『満洲から日本人は出て行け』と言うようになり、それまで経済的な投資をしていた日本は投資先が危なくなったので、出費を無駄にしないためにも満洲国を建国したというのが経緯です。」(p180~p181)というのが1932年3月の満洲国建国の説明の要約です。

 1912年の辛亥革命により清は滅びましたが、あとの中国は、日本の戦国時代のようでした。戦国大名にあたるのが軍閥たちですが、その兵士たちは掠奪、強奪を常としていました。共産党の軍隊も、現在では美化されていますが、同様で共産党支配下の地域も同様でした。日本の武将たちは、戦闘は兵士だけで行い民衆を巻き込むことは極力避けましたが、中国ではそのような現状ではありませんでした。共産主義の宣伝に乗らない現地の中国民衆に取っては、日本の支配下、警察権の及ぶ地域は、安心して居住できる地域でした。日本の保護のもとに建国された満洲国には、中国人がどんどん流入してきました。日中戦争になった後の日本の支配下も同じでした。中国の言いなりの歴史観では全く逆になっています。そして、中国の沿岸地域にある日本の工場や日本人の居住区を守るために、日本軍は駆り出され、軍閥の争いに巻き込まれました。今日で言えば、治安維持のためのPKOやPKFが戦争に巻き込まれ、いつの間にか攻撃の対象になり、防御を重ねるうちに全面戦争になってしまったようなものです。否、コミンテルンの支援をえて毛沢東がはかりごとをめぐらし、それがまんまと成功し、全面戦争になるようにはめられてしまったのです。

 言葉を換えれば、アメリカ軍の基地が日本の各地にありますが、そこに日本軍が攻撃を仕掛ければ、どちらが非難されるべきでしょうか。アメリカ軍の駐留は日米安全保障条約で認められている権利です。一方的に破棄し、テロ活動を繰り返し、アメリカ軍の家族の住んでいる地域を襲い、凌辱し、財産を奪ったとしたら、アメリカ軍は、自国の民間人を保護するために軍隊を増強し守ろうとするでしょう。日中関係にあてはめると、通州事件などの残虐行為がその象徴的な事件です。日本の学者もマスコミもこのことには触れません。日本が意図をもって中国侵略を行ったというシナリオが崩壊するからです。

 軍閥による群雄割拠の状況で、蒋介石がアメリカの援助を得て、中国の統一を目指します。アメリカは、蒋介石を援助することによって中国を自分の支配下に置けると踏んで全力で援助しました。
 ロシアは当時、スターリン支配下のソビエト連邦でしたが、国際共産主義運動を進めており、中国を共産主義化しようともくろんでいました。そして、日露戦争の復讐も兼ねて日本の共産主義化も狙っていました。
 中国における国際共産主義運動のエージェントは毛沢東です。毛沢東は共産主義ロシアからの援助で軍備を整え中国の共産主義化をもくろみます。

 蒋介石は、はじめ中国の共産化を恐れ、毛沢東の共産党を掃討しようと全力を尽くしますが、毛沢東の方が一枚上手でした。毛沢東や中国の共産主義化をもくろむスターリンの戦略はシンプルです。日本と蒋介石の中国を戦わせ、疲弊させて、そのすきに中国を共産主義化しようというのです。さらには国共合作(国民党と共産党が共同で日本に対抗するという名目のもと内部から国民党を共産党が乗っ取る)の戦略をとります。今日自民党政権に対して共産党が他党に共同戦線を呼び掛けているのと同じ戦略です。

  張作霖の軍閥を引き継いだ張学良を洗脳し、1936年12月西安事件を起こさせ、蒋介石を監禁させ、解放と引き換えに国共内戦を中止させました。この事により共産党軍に対する国民党軍の攻撃を辞めさせ、さらに、蒋介石の国民党軍の中枢に共産党のエージェントを密かに送り込むことに成功します。加えて、蒋介石の国民党政府と日本が和平しないようにように陰謀をめぐらし衝突事件を起こし、着々と全面戦争になるような陰謀を次々と成功させます。

 満洲事変のきっかけとなった1931年9月18日の柳条湖事件、日中戦争のきっかけとなった1937年7月7日の盧溝橋事件は、今日蒋介石の国民政府軍と日本軍を戦わせるための共産党軍または、蒋介石の国民党軍に潜んでいた共産主義者の作戦であったことが分っています。そのことを、日本の共産主義かぶれした学者[進歩的とされるインテリ・ほとんどすべての歴史学者]も、マスコミも認めようとしません。中華人民共和国成立後、毛沢東が告白しても、首相の周恩来が認めても日本の領土的野心が満洲国建国、日中戦争の原因であるという主張を撤回しようとしません。まして、教科書を書き改めようともしません。
共産党の陰謀である傍証としてこの2つの事件により、毛沢東の率いる中国共産党の軍隊が、蒋介石の国民党軍の掃討作戦により壊滅する危機を危うく解消することができたを指摘しておきたいと思います。

 さらに、スターリンは日本の政府の中枢にもエージェントを送り込みます。日本の方針の基本は、江戸時代の末からロシアの南下政策に備えることでした。朝鮮半島、満洲がロシアの支配下に入らないようにいうのは日本の祈りにも似た願いでした。つまり北進は日本の普遍的な方針のはずでした、しかし、隠れ共産主義者である近衛文麿は、共産主義者で政府中枢を固め、蒋介石政府との全面戦争を企図します。つまり南進政策をとります。
 逆にヒトラーに侵略されていた第二次世界大戦でのロシアの最大の不安は、日本が国防のために北進政策を採ることでしたが、近衛文麿は、江戸時代以来の日本の国防戦略をひっくり返し、中国やアメリカ・フランス・イギリスとの戦争となるように南進政策を決定します。これにより、ロシアは、極東に張り付けていた精鋭軍をヒトラー対策にあて、反転攻勢に成功します。
 その上、近衛文麿とその支持者の隠れ共産主義者は、日本の敗北によって共産主義ロシアに日本が占領されるように全力を尽くしました。「一億総玉砕」のスローガンは、日本を共産主義ロシアに占領させて、日本を共産主義化するための方策でした。


 毛沢東に戻ります。遠藤誉の「毛沢東 日本軍と共謀した男」には、さらに衝撃的な内容を証拠をあげて指摘しています。毛沢東は、蒋介石軍を疲弊させるために、日本に蒋介石の国民政府の情報を売り渡していたというのです。

  日中戦争の原因は、中国を支配したいと同時に日本を滅ぼしたいアメリカ、ロシアの策略が第一です。アメリカは蒋介石の国民党を使い、ロシアは毛沢東の共産党を使いました。ロシアと毛沢東の方が一枚上手で、結局、アメリカは、中国を失います。問題は、戦争を拡大し、日本の敗北を画策した近衛文麿首相に代表される日本の隠れ共産主義者が日本の政府の中枢にいたことです。残念ながら、このような事実がいまだに国民共有の歴史観になっていないのは、いまなお共産主義社会を理想とする隠れ共産主義者が、日本政府、学者たち、マスコミの主流勢力であるということです。
  取り戻すべき誇りは沢山あります。満洲国や日中戦争の真実について、日本が悪いという先入観を排除して、宮脇淳子、髙山正之、黄文雄、倉山満の著作を読んでみてください。きっとこのページと同じ見解に至ることを確信します。

日中戦争は、蒋介石の国民党政府と日本とを戦争させることによって国民党政府を疲弊させ、政権を奪取するための中国共産党の陰謀であることが具体的な証拠をもってコンパクトにまとめられています。例えば、日中戦争の発端となった盧溝橋事件は、蒋介石による粛清寸前の共産党の起死回生の陰謀であることが、わかります。


高校生のためのおもしろ歴史教室 51.戦争犯罪宣伝計画(WGIP)より
 ペリーの来日より大東亜戦争敗北までの歩みを冷静に俯瞰すると東亜百年戦争(1853年から1952年)という実態が浮かび上がってきます。白人達の世界支配に対して果敢にも立ち上がり、明治維新という政治変革を成功させ、日清・日露戦争には勝利しましたが、結局は大東亜戦争(1941年~1945年)で敗北してしまいました。結果としては東亜百年戦争で敗北しましたが、たった一国で欧米のアジア諸国に対する植民地支配を打破し、アジア・アフリカ諸国の独立をもたらしました。
 WGIPによるマインドコントロールを解くために東亜百年戦争についてわかりやすく書かれてある「日本人の誇り」藤原正彦著(文春文庫 2011年)を是非よんていただきたいと思います。 

 このような日本を欧米諸国の為政者の立場に立つとき許せるでしょうか? 日本のために植民地を取り上げられてしまった西欧諸国です。
 「明白な天命」を信じて西漸運動をつづけ、独立国ハワイを併合し、フィリピンを占領したアメリカ合衆国は、満洲や中国への進出を国是としていました。そのに立ちふさがったのが日本です。再び日本が立ち上がれないように、日本を弱体化するためにあらゆる手段を尽くしました。再びアメリカ合衆国に逆らう事のないように全力をつくしました。
 東京、大阪などを空襲し日本の民間人を焼夷弾まで開発して虐殺しました。原子爆弾を広島と長崎に落としました。原爆死没者名簿によると現在までに 広島で約24万人、長崎で約14万人が虐殺されました。約38万人になります。
 このような虐殺が起こったのは日本が悪かったからであるということを日本人に植え付けなければなりませんでした。そうしないと、アメリカとしてはいつ復讐されるかわからないと思っていたからです。すべてを恕すという意味の「水に流す」という言葉は、欧米にも、中国朝鮮にもありません。原爆投下を正当化するために、南京虐殺30万をでっちあげました。


 GHQはマスコミ(当時はラジオ・新聞)を駆使して、日本の戦争犯罪をでっち上げ宣伝し続けました。日本人の良心につけ込んで、犯罪を犯してしまった軍人に自己の犯罪を告白させました。その事実を日本軍全体の意志であり、行動規範であったというように思わせました。大方の軍人は犯罪者と決めつけられて口をつぐみました。中国共産党軍の残虐行為、アメリカ軍の残虐行為は、不問にして、日本軍だけが悪であると思わせることに成功しました。軍隊が絶対悪であると信じているのは日本人だけです。死の穢れという古来の思想も加味されてのことですが、徹底的に軍隊を否定するのは、大東亜戦争が自衛戦争であったことを全否定し、誤った軍国主義によってアジア諸国を侵略したと信じさせられた日本だけです。
 マインドコントロールの結果、中国が独立国チベットを侵略し植民地化し、尖閣諸島を自領としようとしていることや、ベトナムやフィリピンの島々を侵略し占領している事実には目をつぶり、安全保障法制を整備しようとすれば、戦争する国になろうとしているとマスコミも学者も全否定するという珍奇な状況になっています。マスコミ・学者の常識は世界の非常識です。

 東条英機は、東京裁判の宣誓供述書で「国家自衛にために起こったということがたったひとつ残された途でありました。われわれは国家の命運を賭しました。而して敗れました。」「私は最後までこの戦争は自衛戦であり、現地承認されれたる国際法には違反せぬ戦争なりと称します。」と堂々と主張しました。この主張が報道されることはありませんでした。そしてこの主張こそが大東亜戦争の真実でした。このような認識を日本人がもつとこまるというのがGHQ によるWGIPです。
 
 そして日本を占領した1945年9月からサンフランシスコ平和条約が発効する1952年4月28日までの6年半の間にWGIPが定着するようにあらゆる仕組みをつくりました。

 最大の仕組みは、マスコミや大学の支配です。戦争犯罪者にするという脅し文句のもとにマスコミをWGIP一辺倒の報道にさせます。さらに、これらマスコミの加担者たちは、いったん定めた反日の方向性を逆転できないような人事配置をつづけることになります。戦前の実態を知らないがゆえに、一層反日の報道を繰り返すようになって現在に至っています。たとえば大東亜戦争を取り上げるにしても、1941年12月8日の真珠湾攻撃から取り上げます。それ以前のアメリカの日本に対する制裁は取り上げません。
 日本がアメリカから受けた制裁について東京裁判で「モナコ王国やルクセンブルク大公国のような小国でも、アメリカに対して矛をとってたちあがったであろう」とパル裁判官が発言しても日本のマスコミも歴史学者もとりあげません。
 
  健全な日本の中核をなしていた20万人も公職から追放した上で、大学においても、日本を弱体化させるために、日本が東亜百年戦争を戦ってきた真実を覆い隠すために、日本がきらいで、日本を解体して新しいユートピア的な社会にするという理想をもっている共産主義者や共産主義者的キリスト教徒を東大や京大などの総長・学長にしました。トップの人事が研究者の動向を支配します。共産主義思想といっても、フランクフルト学派のそれで、いわば隠れ共産主義者として存在します。明確に共産主義者であるというカミングアウトはしていないだけに潜在的に拡がっていく傾向にあります。日本の伝統文化や良きところを封建的遺制として切り捨てます。家族制度や天皇が担ってきた役割についても否定的です。日本が解体して不安定な状態にならないと共産主義政権ができないからです。
  特にこの共産主義思想は、政治的プロパガンダですが、歴史学の形をとっていますので、日本史を研究する学者は、おおむね唯物史観にもとづく天皇廃止論者であり、GHQのWGIPの史観にもとづく研究をおこなっています。このような人たちに教育された、歴史の先生は、ほとんど知らないうちにWGIPの史観をそのまま学校で教えることになります。当然のことながらこのようにほとんどすべての国史を扱う歴史者が反日ですので、教科書もほとんどWGIP史観すなわち自虐史観に立って著述されています。フランクフルト学派について詳しくは、かなり専門的ですが「戦後日本を狂わせたOSS『日本計画』二段階革命理論と憲法」田中英道著(展転社 平成23年)をお読み下さい。

 最後の仕上げが、日本国憲法です。その日本国憲法を変えさせないためにGHQは、日本共産党と日教組を支援しました。憲法に保障された国民主権を認め、政権交代を民主主義の仕組みとして是認する自民党は1955年結党当時から憲法改正を党是としています。民主主義といいながら独裁政権をめざす社会党(社民党)や共産党が護憲の政党となっています。
 考えてみればおかしな事です。現在存在する共産党政権は、中国、キューバ、北朝鮮などですが、共産党の一党独裁政権です。旧ソ連も同様でした。政権交代は想定していません。日本の共産党の目指すところも同様ではないでしょうか。 民主主義を否定し、民主集中制というコトバをかえた共産党独裁を目指す政党がなぜ最大の護憲政党であるのか。答えは簡単です。極論すれば、日本国憲法は、日本を解体するために造られた WGIPによる憲法であるからです。ここのところの経緯は、新版「日本人に謝りたい」モデルカイ・モーゼ著久保田政男訳(日新報道 1999年)に詳しいのでお読み下さい。

 WGIP史観に対する反論として『歴史認識の問題』 その1からその13があります。『歴史認識の問題』の総論として最後に「戦争犯罪宣伝計画(WGIP)」について書きました。各論はそれぞれのページを訪問ください。『歴史認識の問題』は、中国、韓国、アメリカからの外圧が問題ではありません。マインドコントロールによりWGIP史観を信じ込んでいるか、あるいは確信犯的にユートピア的共産主義社会(最近ではワールドニューオーダーともワンワールドともいいます)を理想と信じ込んで日本の伝統文化を破壊しようとしているマスコミ、学者の問題です。この国内問題が解決すれば、中国・韓国そしてアメリカも『歴史認識の問題』を振りかざすことができなくなるでしょう。ウソで固めた主張が通じなくなるからです。納得できない方は、紹介した著作や参考図書を徹底的に読破してください。私のようにマインドコントロールに気づき新しい視野にたてるものと確信します。


高校生のためのおもしろ歴史教室 39.歴史認識問題より
 中国の主張する「南京虐殺」に見られる残虐行為は、毛沢東が共産主義中国を建国するにあたって自国民に対してやってきたことです。韓国の「従軍慰安婦」の主張も同じです。ベトナムで自国民を強制してさせた「従軍慰安婦」の事実が明らかになっています。
中国も韓国も自国の国民性や軍隊がやってきたことはよく知っていますから、日本軍もやったはずだという思い込みがあります。中国の軍隊、韓国の軍隊が残虐だから、日本軍も当然やってきたはずだというわけです。しかし、日本軍はそのような軍隊ではありませんでした。国民性がちがうのです。

 しかし、歴史認識の問題は、中国・韓国の反日運動であるという簡単な問題ではありません。日本の国内問題です。中国・朝鮮の歴史認識問題に迎合している反日勢力が日本の歴史学者、マスコミ、政治家の主流を占めているという厳然たる事実です。
 戦前から、近衛文麿などの政治家や官僚、山本五十六など軍の中枢にも国際共産主義者が多数いました。さらに、第二次世界大戦に負けて、日本の中枢の指導層20万人が公職を追放されました。かわって、隠れ共産主義者が日本の権力の中枢につきます。日本をおとしめる占領軍に協力するマスコミの指導者や政治家、学者がその地位を獲得します。そして権力を継承し続けて現在に至ります。

 例えば、東大や京大の学長は、共産主義者が占めました。マスコミは、反日宣伝をしないと生き残れませんでした。

 共産主義思想はそのままでは受け入れられませんから、権力を握った共産主義者は、表と裏に分かれ日本の伝統社会を破壊するという巧みな共産主義運動を展開していきます。マルクスによる共産主義は、暴力革命論です。しかし、国民のモラルが健全で、伝統文化の香り高い安定した国では、暴力革命が不可能です。そこで、革命を起こしたい国の伝統・文化を徹底的に破壊して国全体を不安定にします。そのうえで選挙で共産主義革命を起こすという二段階革命論を考えた学者たちがいます。ドイツのフランクフルト大学を拠点としていますのでフランクフルト学派といいます。

  フランクフルト学派の共産主義者の手口は単純です。表向きは進歩的なインテリのふりをしますが、日本の良いところを何から何まで破壊しようとするところに特徴があります。共同体の良き風習や家族制度、伝統文化などを封建的遺物として否定します。特に性道徳の破壊に熱心です。また、究極の破壊目標は、天皇の存在です。表立って否定することは控えますが、マスコミ、言論、政治家を通じて巧みに否定して行きます。皇室パッシングも巧みです。
  天皇がおられてこその日本であるのですが、それを否定します。今の高校日本史教科書には、神倭朝初代天皇である神武天皇の名前すら出てきません。
高校生の皆さんは、ジンムと読む事もできません。習ったことがないからです。日本国憲法の基本理念が、残念ながらこのフランクフルト学派の思想に染まっているという説があります。

 そして、その後継者たちが、今も学者、マスコミ、政治家の主流の地位を確保し、今も日本を破壊しつづけています。河野談話や村山談話もこの路線の延長上にあります。この本質がわからないと日本崩壊の危機の本質はわからないものと思います。

 さて、大多数の日本人は、中国や韓国があれだけいうのだから、本当に「南京大虐殺」が行われ、「従軍慰安婦」問題では、強制連行による性の奴隷問題があったのだろうと素直に信じてしまいます。歴史教育をしていた私もそうでした。中国や韓国のいいなりの歴史観を教えてきたこともありました。しかし、8年前にこのウエブページを立ち上げ、材料としてさまざまな資料に触れているうちに、日本の歴史学者の書く自虐史観の迷信に徐々に気づいてきました。また、中国や韓国の主張が全くのウソ・でたらめであることも気づくようになりました。
 「被害者」が「加害者」に逆転しています。中国や韓国が主張する事実は、全部ウソです。
ひとつひとつ検証する価値もないほどのひどい言いがかりです。ようやく、あまりにも反日主張がひどいので、中国や韓国の発言はおかしいのではないかと気づき始めたひとも多いと思います。その場合でも、被害者を称して平気でうそをつくことなど日本の国民性にはありませんので、せいぜい誇張して主張しているだけで、主張そのものがうそだと見抜くことができていないと思います。

 また、日本人の中には、中国や韓国の主張に迎合して、自己の行為を軍や国全体が行ったことであるという組織犯罪に転化して免罪符を得ようとするものもいます。戦時下ですので例外的に犯罪行為に走った人もいたでしょうが、中国や韓国のように大半の軍人がそのような行為をしたのではないのです。

 このことを見抜く必要があります。


○「真実の満洲史」宮脇淳子著(ビジネス社 2013年) 
 
「結果がすべての中国の歴史観
  ・・・・・・
 中国の歴史観は独特です。すべて結果ありき、結果から過去を判断するのです。「成功したから正しい」「失敗した奴には天命がなかったのだから悪い」というわけです。
 中国文明における最初の歴史書は、紀元前一世紀に書かれた司馬遷の『史記』ですが、その後『漢書』 、『後漢書』、『三国志』と、二十四の正史が『明史』まで書きつがれてきました。正史というのは、王朝が代わるたびに、なぜ前の王朝が天命を失って、次の王朝が天命を得たかを書くものなのです。ですから、王朝を建てた創業の君主たち、だいたい最初が太祖、次が太宗という廟号(亡くなったあとお祀りするための称号で、生前にはこのように呼びません)を贈られた皇帝たちは、徳があって優れた皇帝だと書かれます。徳がなければ、天命が降りないわけですからね。ところが、王朝が滅びるときの皇帝たちは、だいたい、愚鈍か病弱か淫乱か、あるいは残酷な性格で罪もない人を殺したと書かれるのです。なぜなら、天命を失ったのだから、その理由が必要になるからです。
 だから、今、中国大陸を統治している中華人民共和国の言うことはすべて正義で、戦争に負けて(中国にではなくアメリカに負けたのですが)、大陸から追い出された日本のしたことは、すべて悪かったとされるのです。それが、中国人にとっての「正しい歴史認識」で、中国人は、日本人のように、史実を追求したい、本当のことが知りたい、というような気持ちは持ったことがありません。
 中国人が「歴史認識」とするに言うのは、つまり、「日本人は戦争に負けたのだから、奴隷になって謝り続けろ」と本心で思っているためです。そんな人たちが書くことに、真実があるわけがありません。

 結果から過去にさかのぼって、その意図を探るので、「日本の満洲に野望があったというより、その場その場で対処しているうちにズルズルと引きずり込まれていった、とする方が正しいのですが、マルクス主義的歴史観プラス、結果ありきの中国人の歴史観で、結果から筋道を追って原因を突き詰めると、日本の陰謀ということになってしまいます。
 戦後の日本では、「今の中国人が書いているのだから、日本人もこの歴史を受け入れよう」と現地に迎合する日本人が、中国人が整理した近現代史を日本にどんどん持ち込みました。現在の中華人民共和国が勝手に筋道を立ててつくった歴史を日本人が受け入れて、近隣諸国条項(近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること)などというバカな規定を作り、従来の日本史と整合性を持たせようと努力したあげく、教科書などを嘘で書き換えてしまいました。」(15頁~18頁)

 「日本の自虐史観はロシア革命が起点
 戦前の日本は大陸で悪いことばかりした、と教える左翼の日教組教育の起点は、一九一七年に起こったロシア革命です。ロシア革命は、それ以前と以後の時代を大きくわけました。ロシア革命とそれ以降の共産主義イデオロギーは、今の日本にも本当に大きな影響を与え続けています。
 日本天皇は制度ではないのに「天皇制」と言うのは、これを廃ししたいと考える共産主義の考えですし、「日の丸」の国旗や「君が代」の国歌に対する反感も、君主制を滅ぼし、敵である資本主義の国歌は解体しなくてはいけないという、もともと世界同時革命を目指して一九一九年に成立したコミンテルンが主導した反日思想にもとづいたものです。
  マルクス主義は「宗教はアヘンだ」と言いますが、マルクス主義もマルクスを信奉しない者を排除し、「マルクス主義以外の思想は、どうせみんな悪巧みで謀略だろう」と切り捨てるのだから、宗教の一種です。マルクス主義は、人間が理想を持って行動したことを、一切認めません。
 コミンテルンこそが謀略だらけだったのですが、だからこそ他人も謀略したと思うのでしょう。したがって、日本が理想を持って満洲が中国の一部であるなどとは誰も思っていませんでした。ところが、コミンテルンが満洲は中国なのだと日本人を煽って、国家意識や国民意識が生まれた中国人に対して、日本人を追い出せという運動をやらせたのです。

 そして満洲事変から満洲国が設立されると、「それ見たことか、日本に謀略があったではないか」と、それまでのイギリスやアメリカやロシアに対する中国人の反感は、すべて消えてなくなり、「日本人だけが悪い」となったのです。そうなると、それ以前のことも、日清戦争からすべてが謀略だったということになりました。本当に、ロシア革命こそが世界を変えたのです。
 しかも悪いことに、日本が戦争に負けた後、日本統治にやってきたGHQ(General Headquarters)すなわち連合国軍最高司令官のもとで働いたアメリカ人も、共産主義思想を持つ人が多かったのです。六年にもおよぶアメリカ軍の占領下で、戦前抑圧されていた日本の左翼系の人たちが要職に就き、教育界もその影響下に入りました。彼らは、どっぷりと左翼思想に染まっていたので、コミンテルンを悪く言わない歴史、軍部だけが悪者になる歴史が、このときに書かれました。
 日本の戦前を振り返ってその時代に立ってみれば、ソ連の恐ろしさはとても大きいものだったでしょう。軍事力だけでなく、思想的にイデオロギーで侵略しようと迫ってきているのです。それが満洲事変の原因です。支那事変も同じで、実はすべて相手側に原因があったのですが、それを逆転させて日本が悪かったと説明するので、わけがわからない歴史になるのです。 
 現在の中華人民共和国は、ソ連とは喧嘩をしましたが、共産主義のイデオロギーで誕生した国ですから、その立場から過去を振り返れば、日本が満洲に違う国をつくろうとしたことは、自分たちの邪魔をされたと思い、当然悪く書くことになります。」(24頁~26頁)


高校生のためのおもしろ歴史教室 48.大東亜戦争より
 「大東亜戦争」の名称は、1941年12月8日の真珠湾攻撃のあと、「支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」と日本が命名しました。「自存自衛」も戦争の目的であると表明することも検討されたようですが、戦争の目的は「アジア諸国における欧米の植民地支配の打倒を目指すものである」とシンプルに規定されました。 「アジア諸国における欧米の植民地支配の打倒」については、明治維新以来の日本の国防方針でした。

 江戸時代末の吉田松陰は「幽囚録」で「欧米の諸国からアジア諸国が植民地にされている中で日本が独立を維持するためには、日本は、朝鮮や中国、フィリピンなどを共栄圏として日本を守らなければならない」と主張しました。「特にロシアの南下政策を封じ込めなければならない」と主張しました。明治維新以来の日本防衛の基本方針です。
 「自存自衛」という目的も真実です。大東亜戦争を裁いた東京裁判の東条英機の宣誓供述書で「自衛戦争」であったと述べました。自衛のために大東亜戦争を行うことにより、窮鼠猫を噛み、返り討ちに遭いました。

 「太平洋戦争」は、「大東亜戦争」が侵略戦争であるということにするためのアメリカつまりGHQの命名です。
 GHQは1945年12月になり満州事変から太平洋戦争までを連続したものとみなし、日本の侵略と残虐行為を捏造した宣伝文書「太平洋戦争史−真実なき軍国日本の崩壊」を各新聞は連載させ、「大東亜戦争」の名称の使用を禁止しました。
 1945年8月14日にポツダム宣言の受諾により、翌15日に終戦となりました。武力闘争が終わりましたが、それで戦争がおわったのではありません。1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効するまで日本の文化を破壊する精神的な戦争は終わっていませんでした。武力闘争終了の昭和20年8月15日から6年8カ月の間に日本国民は完全に洗脳されてしまいました。「War Guilt Information Program 」です。

 清水馨八郎は、平成3年、日本傷病軍人会代表団がアムステルダム市長主催の親善パーティー招待された時のサイティン市長の挨拶を「大東亜戦争の正体ーそれはアメリカの侵略戦争だった」の中で採録しています。

 「あなた方日本は、先の大戦で負けて、私どもオランダは勝ったのに、大敗しました。
 今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。私たちオランダは、その間屈辱の連続でした。すなわち、勝ったはずなのに、貧乏国になりました。戦前はアジアに本国の三六倍もの面積の植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で、本国は栄輝栄華を極めていました。
 今のオランダは、日本の九州と同じ広さの本国だけになりました。あなた方日本は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑み、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。
 あなた方こそ、自ら地を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。なぜなら、あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているになっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要があるでしょう。
 本当は私たち白人が悪いのです。100年も200年も前から、競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜民族を解放し、ともに繁栄しようと、遠大にして崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。
 本当に悪いのは、侵略して、権力を振るっていた西欧人のほうです。日本は敗戦したが、その東亜の開放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを、東亜から追放して終わりました。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。
 日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑むのは止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきときです。


 「十五年戦争」という言い方があります。これは、1931年9月18日からの満州事変、1937年7月7日に始まる支那事変(日中戦争)、1941年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)を一連の戦争とした史的唯物論による侵略史観つまり自虐史観による命名です。共産主義者の評論家の鶴見俊輔が1956年に初めて使用しました。満州事変から日中戦争に至る対中膨脹戦略の連続性を主張していて、GHQの「War Guilt Information Program」に添った主張です。最近では、「15年戦争」という言い方をバージョンアップさせアジア全体を侵略したという主張をビジュアル化するために「アジア・太平洋戦争」という言い方を使うようになりなりました。

 「名は体を表す」という言葉にあるように、「大東亜戦争」⇒「太平洋戦争」⇒「15年戦争」⇒「アジア・太平洋戦争」とどんどん自虐性を帯びる呼称となります。
 「大東亜戦争」は、自衛戦争をせざるを得なかった日本の主張にもとづく呼称。「大東亜共栄圏」をめざす正義の闘いであるという趣旨をも含みます。ヨーロッパの植民地政策からアジアを解放する目的は、ベトナム戦争終結をもってすべて果たされたので、ベトナムからアメリカ軍が撤退した1975年4月30日日本の勝利に終わったと言える側面を内包しています。
 「太平洋戦争」はGHQの「大東亜戦争」を侵略戦争とするために呼称。
 「15年戦争」「アジア・太平洋戦争」の呼び方は日本を解体するための唯物史観に基づく共産主義国家をめざす進歩的知識人つまり大半の日本の歴史学者が、極論をいえば中国の主張に追随した捏造の歴史を擁護するための呼称です。


 明治維新の改革、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変(中国の言う日中戦争)を一連の欧米諸国のアジア侵略に対する日本の防衛という視点で「東亜百年戦争」という視点もあります。林房雄の「大東亜戦争肯定論」や最近では藤原正彦の「日本人の誇り」の視点、史観です。この「大東亜百年戦争」をいう視点を持つことによって日本人としての誇りを取り戻すことができるとおもいます。

 しかし、明治維新以来のこの周辺諸国までを日本化するという「大日本主義」は、当時としてはやむをえなかったとは思いますが、今日では「大東亜百戦争」をへて、「専守防衛」という現在の日本の方針が今日的に正しい主張になると思います。「大東亜百年戦争」を断罪することは、フェアな判断ではありません。時代に応じての正統性があります。過去を今日的な判断で裁くことは正しいことではありません。
 「東亜百年戦争」の視点を持つことによって「日本人としての誇り」を取り戻すことが大切ではないかと思います。



しばやんの日々 『軍国主義者』や『青年将校』は『右翼』だったのかより
『軍国主義』『青年将校』というと、私も長い間『極右』をイメージしてきたのだが、上記のコミンテルン第6回大会から4年後の昭和7年(1932)5月15日に青年将校が首相官邸に乱入し、犬養毅首相を殺害する事件が起こった。この五・一五事件の首謀者が書いた檄文を数年前に読んで、私の青年将校に対する認識が一変した。
次のURLにこの時の檄文の全文が出ているが、最後の部分だけ引用させていただく。
http://mid.parfe.jp/kannyo/itinichikai/siryou/H19-5-31-515/top.htm

「… 国民諸君よ!
 天皇の御名に於て君側の奸を屠れ!
 国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ!
 横暴極まる官憲を膺懲せよ!
 奸賊、特権階級を抹殺せよ!
 農民よ、労働者よ、全国民よ! 

 祖国日本を守れ
 而して
 陛下聖明の下、建国の精神に帰り国民自治の大精神に徹して人材を登用して朗らかな維新日本を建設せよ
 民衆よ!
 此の建設を念願しつつ先づ○○(不明)だ!
 凡ての現存する醜悪なる制度をぶち壊せ 盛大なる建設の前には徹底的な破壊を要す
 吾等は日本の現象を哭(こく)して赤手世に魁(さきが)けて諸君と共に昭和維新の炬火を点ぜんとするもの 素より現存する左傾右傾の何れの団体にも属せぬ
 日本の興亡は吾等(国民前衛隊)決行の成否に非ずして吾等の精神を持して続起する国民諸君の実行力如何に懸る
 起て!
 起つて真の日本を建設せよ!
 昭和七年五月十五日    陸海軍青年将校」

右翼が一般の労働者に対して、体制の破壊のために蹶起を促すことはあり得ないことだ。この檄文は、彼ら青年将校の中心人物の中に、マルクスやレーニンの影響を受けていた者が少なからずいたことを物語っている。彼らの多くはレーニンの言う『敗戦革命』を実現させるべく、自国政府を敗北に導くために進んで入隊したのではなかったか。

以前このブログでも書いたが、昭和20年になって昭和天皇が終戦を決意され、いよいよ8月15日に国民に向かって「終戦の詔勅」を放送される直前の8月14日深夜から15日にかけて、天皇陛下が吹き込まれた玉音放送のレコード盤を奪い取って終戦を阻止しようとした陸軍の将校らのメンバーがいた。彼らは近衛第一師団長森赳中将を殺害し、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠したのだ。(宮城事件)
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-208.html
そもそもわが国の軍人でありながら、大日本帝国憲法下で最高権力者である天皇陛下のご聖断に従おうとしないメンバーが右翼であるはずがないだろう。
彼らの一部は上官の命に従っただけの者もいただろうが、リーダー格には共産主義者が少なからずいて、レーニンの『敗戦革命論』を実践してわが国の体制を徹底的に破壊して共産革命に導こうとしたと考えて初めて腑に落ちるのである。
ソ連は8月9日に対日宣戦布告を行ない、満州国、樺太南部、朝鮮半島、千島列島に侵攻を開始したのだが、共産主義者からすれば、ソ連軍が日本列島の主要な部分を占領できないままに戦争を終わらせてしまっては困るのである。だから彼らは宮城を占拠して、玉音放送のレコード盤を奪い取り、戦争を長引かせようとしたのではないのか。



昭和10年(1935)の第7回コミンテルン大会におけるスターリンの演説内容

「ドイツと日本を暴走させよ。しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスと英国へ、日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせよ。そして戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて立ちはだからせよ。日、独の敗北は必至である。そこで、ドイツと日本が荒らしまわって荒廃した地域、つまり、日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日・独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ。」

有名な『砕氷船のテーゼ』と呼ばれているものである。



『戦後日本はコミュニストがつくった』 コミンテルン憲法、チナミンテルン(中国共産党人脈)と日中国交正常化、ハーバート・ノーマンの正体と都留重人、ノーマン工作員説を受け入れない日本、マッカーシーの赤狩り(マッカーシズム)は正しかった、「外交も戦争も全て情報戦によって決まる-コミンテルンと昭和史の真相」、「パンドラの箱を開けたテレビ朝日」
戦後日本はコミュニストがつくった

戦後GHQの占領統治下で、進歩主義という美名のもとに進歩的改革の看板を掲げて日本をさんざん荒し回って引き上げていったニューディーラーの罪状について、さらに詳しく調べてみたいと思います。

コミンテルンの謀略によって日本の近代史が大きな歪曲をうけたのは4回あったということです。

第一に、張作霖爆殺事件(と「田中上奏文」)のとき、つまり昭和3年(1928年)前後、あるいは盧溝橋事件が拡大されるときにコミンテルンの謀略があったということです。

それ以前、大正12年関東大震災が起こってから、各国の救援団がぞくぞく日本に入ってきました。その中にコミンテルンの秘密機関「ミュンツェンベルグ・トラスト」などが、モスクワや日本共産党とはまったく別系統の対日秘密工作組織として共産主義とは気づかれずに入ってきました。それから急速に影響力を増して、大正15年の時点でコミンテルンの秘密宣伝部が日本の新聞、雑誌19のメディアをコントロール下においたことが明らかになっています。大正末期、日本に治安維持法がなくてはならないほど急速な赤化が始まったわけです。

大正7年には、「東大新人会」が吉野作造の指導下で始まり、大正13、4年頃になると新人会はほとんどマルクス主義団体となり、尾崎秀実、野坂参三などたくさんの共産主義者を輩出し、満鉄調査部や朝日新聞などに送り込まれていきました。いわゆる共産主義の脅威とは、一言で言うと国家の中枢に隠れ共産主義者や多くのスパイが送り込まれることです。
治安維持法でこれらを摘発しようと努力しましたが、この法律はスパイ取り締まりに逆効果でした。


東アジア歴史文化研究会 ルーズベルトは社会主義者であった(田中英道著『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」 二段階革命理論と憲法』)
ルーズベルト大統領と言えば、唯一四選された大統領としてニューディール政策で大恐慌に対抗しそれを成功させ、第二次大戦では連合国の指導者として勝利に導いたというものである。

ところで、ルーズベルトの思想がどんなものであったのか、歴史家の中でも定説をみないが、ルーズベルトは社会主義者であったということである。スターリンを「共産主義者として考えるのは馬鹿げている。彼はただロシアの愛国主義者であるだけだ」と公言していたことも知られ、英国を除く全欧州がソ連の支配下に入ることさえ、認めているのである。

ルーズベルト大統領とハル国務長官のもとには、多くの社会主義者・共産主義者が集まった。MI5(英国保安機関)、MI6(英国秘密情報機関)の調査でもわかるように、ホワイトハウスと国務省では127名のコミュニストが執務にあたっていたといわれる。

ヤルタ協定を演出したアメリカの国連代表部の首席顧問、アルジャー・ヒスは、スターリンのスパイで、ルーズベルトのそばには、妻エレノワのほか、大勢の共産主義者がいた。取り巻きにスパイがいたのではなく、ルーズベルト本人がスターリンのいいなりになる社会主義者のような存在であった。

「ヴェノナ文書」には、ハリー・デクスター・ホワイト(ルーズベルトが信頼するモーゲンソー財務長官の片腕として1941年財務次官補、45年には次官)とロークリン・カリー(中国問題担当の大統領特別補佐官)は、戦後マッカーシーの米国上院政府機能審査小委員会で、ソ連のスパイであったことが判明した。ルーズベルトは二人に重要ポストを与え、彼らも善良な愛国官僚としてふるまっていた。


社会主義者とか、共産主義者という言葉を同時に使っているのは、共産党の社会主義者とドイツのフランクフルト学派の流れの社会主義者を区別しているからである。ナチス政権下のホロコーストを避けてニューヨークにやってきたフランクフルト学派(そのほとんどがユダヤ人)は米国の大学で受け入れられた。ホルクハイマー、マルクーゼなど左翼マルクス主義者を受け入れたが、彼らは「批判理論」などによって現在そのものを批判し、将来の共産主義に備える、二段階革命を構想していた。まさにその時期がルーズベルト大統領の時代であった。

ルーズベルトが将来に革命が起こり、ソ連のようになることを望んでいたことは、ソ連を理想化し、その政策に賛成していたことでもわかる。彼が戦勝国で国際秩序をつくり上げる国際連合にソ連の同意を得る見返りとして、ポーランドやバルト三国をソ連支配下に置くことを許し、ヤルタ秘密協定で満州の権益や南樺太、北方領土を与える約束をしている。スターリンはルーズベルトから数多くの利益を得ているのに、ルーズベルトの方はスターリンから何ひとつ与えられていない。この事実は、ルーズベルト大統領にソ連共産主義が国同士の外交関係以上に理想として見ていたからである。ルーズベルトがソ連よりの社会主義者であることはチャーチルも知っていたのである。

ルーズベルトがユダヤ人の後裔であったことは意外と知られていない。このことが重要なのは、マルクスがユダヤ人であること、ソ連社会主義革命が起きたとき、その共産党中央の三分の二をユダヤ人が占めていた、ということに示唆される。また、彼のブレーンの多くがユダヤ人関係者であったことも知られている。日本の憲法の事実上の草案作成者であるケーディスはユダヤ人法学者の弟子であったことに注目しなければならない。

ルーズベルトはナチスを憎んだが、決してドイツ人を憎んだわけではない。憎んだのは日本人に対してであった。ルーズベルトはドイツではなく、日本18都市への原爆投下命令書の方にだけサインをし、空爆もドイツには工業施設へ限定したのに対し、日本には民間人をも巻き込む無差別爆撃であったことは公然たる事実である。


田中英道著『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」 二段階革命理論と憲法』(展転社)より参照
https://blog.goo.ne.jp/kirakiraboshi31/e/6d29a8ec9428dd6db9bcfc3152e5f8a2



アメリカは真珠湾以前に日本に宣戦布告していた。海軍が善玉で、陸軍が悪玉だと思わされてきた日本人。自衛戦争か、侵略戦争か マッカーサー曰く「彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」。真珠湾攻撃については、東條英機首相ですら知らなかった。第二次世界大戦の戦後処理はロンドン・シティが決めた
海軍が善玉で、陸軍が悪玉だと思わされてきた日本人

大東亜戦争時の日本軍は、戦後、「海軍が善玉で、陸軍が悪玉」ということになっています。陸軍が強引に誤った国策に日本を引きずり込み、国際的視野のあった海軍が反対したが押し切られた。我々はそのように思い込まされてきました。

しかし、真実は逆です。逆だからこそ、真実を隠すために海軍を善玉にして陸軍を悪玉にする情報を流し続けた人たちがいると私は思っています。
それは、事実を丹念に追っていけば簡単にわかります。誰もが知っているように、日米が開戦したのは海軍が真珠湾を攻撃したことが始まりです。ところが、戦後の東京裁判では、死刑に処されたA級戦犯に海軍軍人には一人もいません。文官の広田広毅を除くと、死刑になったのはすべて陸軍軍人です。

アメリカを攻撃したのは海軍であるにもかかわらず、アメリカは東京裁判で海軍軍人より陸軍軍人の責任を問うています。
そもそも海軍の作戦は、最初からおかしなものばかりです。真珠湾を攻撃する必要があったのかどうかについても、きちんと検証する必要があります。

当時は、北進と南進の議論があり、陸軍は北進、海軍は南進を目指しました。常識的に考えれば、北進すべきだったと思います。ドイツと日本がソ連を挟み撃ちにすれば、ソ連は身動きがとれなくなったはずです。しかし、ゾルゲと元朝日新聞記者の尾崎秀実などのスパイが南進に向けた工作を行ないました。
仮に南進するにしても、オランダ領のインドネシアの石油だけ抑える作戦にしていれば、アメリカは対日戦に参戦できなかったはずです。

(略)

真珠湾攻撃については、東條英機首相ですら知らなかったと言われています。日本には統合参謀本部がありませんでしたから、海軍は独自に作戦を立てており、陸軍に伝えていなかったようです。
真珠湾攻撃は石油施設や修理施設など重要施設をすべて残した中途半端なものであったにもかかわらず、海軍は大戦果を挙げたと発表しています。
さらに、真珠湾攻撃から半年後には、こちらからミッドウェー・アリューシャン作戦についても大きな疑問が残ります。

私たちは、もう一度虚心坦懐に大東亜戦争を振り返るべきです。
「海軍が善玉で、陸軍が悪玉」と洗脳されてきましたが、本当にそうでしょうか。実際には陸軍のほうがはるかにまともだったと思います。海軍善玉論は、戦後に誰かの思惑によって流布されたものである可能性が高いでしょう。

馬渕睦夫氏「世界を操るグローバリズムの洗脳を解く」より



西村眞悟の時事通信 嘘と大陸
 さらに、嘘の日にちなんでもう少し歴史を遡りたい。
一八九六年、日清戦争終結の翌年、露西亜と清国(李鴻章)は露清密約を結んだ。
 これは、日本との戦争に際しては露西亜と清国は相互協力をする、露西亜に満州の鉄道施設権を与える、露西亜はその鉄道を軍用として自由に使用できる、という内容である。そして、莫大な金が露西亜から清国つまり李鴻章に動いた。
 つまり、清国の李鴻章は満州を露西亜に売ったのである。この露清密約を日本は、一九二一年のワシントン条約に至まで知らなかった。
 しかし、この密約に基づいて露西亜は満州を占拠して居座り、日露戦争が不可避となる。そして日本は日露戦争によって十六万余の日本軍将兵の血を流して満州から露西亜を追い出して、清国が満州を既に露西亜に売却しているとも知らずに、満州を清国に渡してやったのである。
 清国は、露清密約で満州を売却したことを日本に隠したまま満州を回復する。莫大な満州売却代金を受け取った李鴻章の子孫は、名前を変えてアメリカで富豪生活をしているらしい。
 何というずるさか、何というしたたかさか。これが今も変わらない支那人だ。

 本年は、日韓併合百年にあたる。
 その引き金を引いたのが、日韓併合に消極的だった伊藤博文の暗殺である。その犯人は、朝鮮人の安重根と言われている。
 一九〇九年十月二十六日、ハルピン駅頭で確かに安重根は膝をついてブローニングのピストルで伊藤博文を撃った。
 しかし、伊藤の体内から発見された二発の銃弾は、ブローニングのピストルのものではなく、フランス騎兵銃のものであった。それも伊藤の体の上から下に抜けたものであった。跪いて発射したのなら弾は伊藤の体の下から上に抜けねばならない。
 果たして、伊藤は誰に殺されたのか。

 次に、一九二八年六月四日の張作霖爆殺事件。日本で言う満州某重大事件。これは、関東軍の河本大作大佐が仕組んだものとされている。しかし、「マオ 誰も知らない毛沢東」という本によれば、張作霖はスターリンの命令によってソビエト工作員によって殺されたことになる。
 この犯人とされた河本大作大佐は戦犯となり、一九五五年に、中国の収容所で獄死している。

 なお、この時の総理大臣は田中義一であるが、後年、この田中義一が、中国征服を構想した「田中上奏文」なるものが中国当局から発表され、東京裁判に日本の中国侵略意図の証拠として提出されそうになったが、その時既に死亡していた山県有朋が上奏文に登場していたりしたので「偽書」つまり「嘘」であることが発覚した。

 以上、謀略渦巻く大陸から出てくるものは、何が真実か分からない。特に、共産主義者が登場して権力を握ってからは、嘘が多いのである。というより、一度嘘をつくと嘘をつき続けなければ維持できないのが独裁権力の宿命だろう。




なぜ、「平和」は「戦争」に負けたのか?
戦争を企んだ「好戦家・ルーズベルト」と「国際金融資本家・ロックフェラー」
そして国際共産主義の策動――
彼らと対峙した「非戦派・フーバー」、「ピエロ・近衛文麿」はなぜ敗れたのか。
『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』 戦争を企んだ「好戦家・ルーズベルト」と「国際金融資本家・ロックフェラー」 そして国際共産主義の策動――
『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』

「偽りの歴史」が明らかにされる!
ロックフェラーに代表される国際金融資本家。アメリカの各界に入り込んでいたソビエトやコミンテルンに繋がる国際共産主義者。
そんな面々と提携したルーズベルト大統領とその取り巻きたちが日米を戦争に引きずり込んだのだ。
『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』 「偽りの歴史」が明らかにされる! ロックフェラーに代表される国際金融資本家。アメリカの各界に入り込んでいたソビエトやコミンテルンに繋がる国際共産主義者。『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』 目次1、第一章 ロックフェラーの世紀 第二章 悪魔の使い ルーズベルト 第三章 平和の天使 フーバー 第四章 「平和」が「戦争」に負けた日

『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』 目次2、第五章 「平和」が「戦争」に負けた訳 第六章 顚末と苦難

『日米戦争を策謀したのは誰だ! 林千勝』 関係イメージ図(すべてと関係する近衛文麿は割愛)、共産主義系列、国際金融資本系列


『知ってはいけない現代史の正体 馬渕睦夫』  「第二次世界大戦コミンテルン謀略説」は落第、歴史の見方、情報分析の基本【情報は公開情報のみで分析する】、国際金融資本家がみな「社会主義者」である理由、主権国家の上に置かれた国際機関、敵対勢力を同時に援助する国際金融勢力、国際金融勢力の逆鱗にふれたヒトラー、スターリンの一人勝ちの意味、チャーチルの紙切れ
チャーチルの紙切れ
『知ってはいけない現代史の正体 馬渕睦夫』  チャーチルの紙切れ

『知ってはいけない現代史の正体 馬渕睦夫』  民主化の名のもとに行なわれた占領政策


『日本人が知ってはならない歴史 若狭和朋著(シリーズ全3冊)』 だれが、何を知られては困るのか?、日本人が「知ってはならない」戦後の追撃戦、歴史認識と国家の命運 、スペインは自虐史観によって没落した 、支那事変の発端は「西安事件」 、フランクフルト学派、崇高な理想に秘められた悪意。昭和の大戦と東京裁判の時代
『日本人が知ってはならない歴史』 若狭和朋
西安事件は1936(昭和十一)年12月12日に起きました。部下の張学良が蒋介石を監禁し、共産党に引き渡したという事件でした。毛沢東たちは狂喜し処刑しようとしますが、スターリンは許しませんでした。・・・要するにコミンテルンの方針に従い蒋介石をして対日戦争遂行の駒にしたのです。

コミンテルンと中国共産党は蒋介石と日本の戦争の実現を希求し、1932(昭和七)年4月26日には中国共産党と中国ソビエト政府は「対日戦線布告文」を、そして重ねて1934(昭和九)年には「対日作戦宣言」「対日作戦基本綱領」を発表していました。中国共産党は盧溝橋事件の五年も前から、日中の戦争を宣言していたのです。日中両国の運命に深く関わるのが1928(昭和三)年のコミンテルン第六回大会の決定でした。主な方針は次の三つです。
1.自国の敗北を助成すること。
2.帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること。
3.戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること。

次の1935(昭和十)年のコミンテルン第七回大会はさらに「人民戦線戦術」を決議し、共産党は表に出ないで「民主勢力を利用して反ファシズム人民戦線(フロント)を結成する」という戦術に全力をあげていたのでした。

このコミンテルン決議以来、共産主義者は一斉にフロントに潜りました。共産主義者の姿は消えました。自由主義者か共産主義者かの区別がつかなくなりました。尾崎秀実とゾルゲ・グループの結成も1934(昭和九)年です。日本にも一斉に各種のフロントが作られました。盧溝橋事件発生の時の首相は近衛文麿でしたが、近衛文麿の顧問は首相官邸に一室を構えた尾崎秀実でした。・・・


 「東京裁判」において日本国家が有罪とされ、国家の指導者は処刑された。軍人たちは死にも就いたし、意外な処刑もあった(自決を図った東條英機には九十人以上もの米国兵の輸血が施され、死なないように監護され延命されたが、永野修身海軍軍令部総長は風邪として死体が日本政府に渡された。処刑と考えるのが自然である。山本五十六連合艦隊司令長官も、戦死の形で処刑されたのである。米内光政の命日は山本五十六連合艦隊司令長官と同じ日(四月十九日〉である。米内光政の最後の仕事は日本海軍の解散式であった。それを彼は済ませた。そして御苦労、処刑である)。

 ある旧海軍軍人から、私は猛烈な反論を受けた。反論の核は米内光政の人格論だった。私は米内光政の人格について論評する立場の者ではない。黙っていた。しかし、米内光政はロシアやソ連での駐在武官の経歴、が長い。ロシア女性との間に「ミーシャ」という女児を得ている。ちなみに「ミーシャ」というコードーネームのソ連の日本人エージェントがいた。事実を言うと、米内光政なる人物は、あの二・二六事件の早朝に新橋の愛人の家から横須賀鎮守府に慌てて帰った長官であった。艶聞だけなら、結構なことだ。


グローバリズムは“21世紀の共産主義”。第二次世界大戦前の共産主義インターナショナリズムの衣を替えたもの。グローバリズムの淵源は「門戸開放主義」。現在の世界は、グローバリズムとナショナリズムの壮絶な戦い(戦争)の真っ只中。ロシアを支配するものが世界を制する
(1)グローバリズムとは、第二次世界大戦前の共産主義インターナショナリズムの衣を替えたものに過ぎない。

(2)日本を満州事変から日支戦争~大東亜戦争へ引きずり込んだ正体は、昭和天皇と歴代首相の側近として使えたコミンテルン(インターナショナリズム)のスパイの一群であり、中国側では共産党を追いつめつつあった蒋介石を拉致監禁し、国民党軍の敵を共産党から日本に転換させた「西安事件」にあったこと。

(3)マルクスの共産主義とはプロレタリアートの解放を企図したものではなく、労働者の奴隷化が目的だった。従って左翼運動の全ては「連中」の罠にハメられたに過ぎない。

(4)第三インターナショナルはやがてフランクフルト学派の誕生へと変遷し、このグループによる「社会工学・社会心理学」という学問ジャンルの下に、ジェンダーフリー(ウーマンリブ)などを作り出して、世界中の人々(とりわけ日本)の文化と精神を破壊・洗脳した。

(5)日本国憲法は法学的に憲法ではない。占領管理法に過ぎない!


関東大震災「朝鮮人虐殺」はフェイクヒストリー(嘘の歴史)、実はロシア革命型を目指した革命蜂起。GHQを支配したボルシェビキたち(正確にはフランクフルト・マルキスト一派)は、これを隠した。改ざん、捏造、真実は隠された歴史書や教科書で洗脳される構図
朝鮮人を虐殺したと史書は書く。しかし、日本人を襲撃したのは、朝鮮人・ボルシェビキたちである。当然に反撃した日本人も殺された。翌二日から四日にかけて、東京市・府・神奈川県・埼玉県・千葉県に順次戒厳令が適用された。

戦後の日本の言語空間を支配した「東京裁判史観」検証のなかですっぽりと抜けているのが、この「震災虐殺」の検証なのである。GHQを支配したボルシェビキたち(正確にはフランクフルト・マルキスト一派)は、これは隠したのである。
朝鮮独立を唱えた主流派は共産主義者であって、単に民族主義者というのは正しくない。

この章は「東京裁判史観」のなかで、とかく”傍論”扱いの傾向にある震災・虐殺の問題にスポットを当てる。なぜか。それは、詳しくは後の章に書くが、今日では、彼らとその思想的子孫は全員、潜伏しているからである。


世界社会主義化勢力の格好のターゲットとなった、中国と満洲。ソ連の「中国共産化政策」と米英金融資本の「中国経済侵略」。「支那幣制改革」、金儲けをしながら、北支の独立を阻む狡猾さ。「抗日統一戦線」が成立し、支那事変の行方を決定づけた「西安事件(黒幕は、ソ連と米英勢力)」。ジョセフ・マッカーシー「蔣介石に日本とあくまで戦いを続けるよう使嗾(しそう)したのはアメリカだった」
西安事件はどういうわけか、歴史家はあまり関心がなさそうです。しかし、「抗日統一戦線」が成立したこの事件こそ、支那事変の行方を決定づけた大事件でした。同時に、蔣介石の失墜と毛沢東の最終的勝利を予感させる事件でもありました。もちろん、西安事件の黒幕は、ソ連と米英勢力であることは言うまでもないことです。
西安事件を起こした毛沢東の考えはこうでした。「日中関係が安定していると、蔣介石は共産党殲滅作戦に集中できてしまう・・・」
蔣介石にとって、やはり最大の敵は毛沢東の共産党だからです。したがって、蔣介石を絶えず日本との戦争に従事させることが、共産党の生き残りのためには必要なのです。

毛沢東にとっては、日本と中国(蔣介石軍)が戦闘状態にあることが、共産党の生き残りのためには必須の条件でした。そして、毛沢東の背後にいるソ連コミンテルンも、表向きは蔣介石を支援しながらも密かに毛沢東とも好を通じていたアメリカも、上海サッスーン財閥の利益を代表していたイギリスも、蔣介石が日本と戦争を続けることが必要と考えていたのです。このような状況下で、西安事件が勃発したのです。


アメリカは真珠湾以前に日本に宣戦布告していた。海軍が善玉で、陸軍が悪玉だと思わされてきた日本人。真珠湾攻撃については、東條英機首相ですら知らなかった。第二次世界大戦の戦後処理はロンドン・シティが決めた
この提案については、その後両国の間で種々やり取りがあるのですが、私が注目するのは最終的にこの割合がどうなったかではなくて、チャーチルが「ロンドンの特定の人間の考えを示す紙切れ」と言明している点です。「ロンドンの特定の人間」とは果たして誰のことでしょうか。本書の読者であるなら、もうおわかりのことと思います。
ロンドン・シティの国際金融資本家、さらに限定すればロスチャイルド家、そして当時の当主ヴィクター・ロスチャイルド(1910年~1990年)のことだと思われます。つまり、第二次世界大戦の戦後処理の大枠は、国家の指導者ではなくロンドンの国際銀行家が決めていたのです。

私はこの事実をもっと多くの人々が理解しなければならないと思います。その後のヤルタ会談然り、ポツダム会談然りです。秘密主義のスターリンに騙された、ルーズベルトは病気だった、トルーマンは未熟だった、などの正統派学者たちの「言い訳」は聞きたくありません。彼らの視点からは、国家指導者を背後から操っていた勢力のことがすっぽりと抜け落ちているのです。彼らが無知であったからでしょうか。それともなんらかの事情で書けなかったのでしょうか。


『原爆と秘密結社』。仮面の背後に存在する「死の血盟団(ブラザーフッド・オブ・デス)」。死の血盟団・五大偽装組織 。キグリー博士の『悲劇と希望』。「賢人たち」。ヘンリー・スティムソン。バーナード・バルーク。ハリー・ホプキンス。書き換えられた歴史
米OSS「戦略事務局」(CIA「中央情報局」の前身)
作成機密文書

日本人の間に集団ヒステリーとパニックを起こすのに大きな歴史的役割を果たしてきた2つの顕著な要素がある。それは、「火事」と「地震」である。

この2つが経済的にひどく追い詰められた時に起こると、その後に社会的混沌が続いた。今や我々は、経済的な問題が既に日本国内に存在することを知っている。

また「火事」は、現在我々の大規模な爆撃により適宜起こされている。

今我々が利用すべきものが一つだけ残されている。それは「地震」である。

「日本本土への地震兵器による心理的軍事作戦」 p.10/14より抜粋

空の要塞B29爆撃機により
日本国内に撒かれた米国式地震予告ビラ
1923年諸君の国に大損害を及ぼした彼の大地震を記憶してゐるか。米国はこれに千倍する損害を生ぜしめる地震をつくり得る。

かくの如き地震は二トン半乃至四トンの包みにして持って来られる。これらの包みはいづれも数年間をかけた苦心惨憺の賜物を二、三秒間内に破壊し得るのである。

米国式地震を注目して、この威力が放たれた際に大地の振動を感知せよ。

諸君の家屋は崩壊し、工場は焼失し、諸君の家族は死滅するのである。

米国式地震を注目せよ―――諸君はそれが発生する時を知るであらう。

(このビラを裏付ける人工地震なのか、1944年12月7日 M7.9の東南海地震が発生。丁度3年前は真珠湾攻撃の日。「真珠湾を忘れるな」をスローガンに同日復讐を果たしたと、米国民は地震の被害、多数の勤労動員学徒を含む犠牲者数1223名と軍需工場破壊に歓喜した。)


THINKER「日本人が知らないニッポン」-隠されてきた歴史から読み解く世界の成り立ち-
「私の息子たちが望まなければ戦争が起きることはありません」
この言葉は、初代マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの妻であり、国際銀行でヨーロッパを支配した5人のロスチャイルド兄弟の母であるグートレ・シュナッパーのものです 。

近代に起きた世界中の戦争はすべて、彼女の言葉通り、彼女の息子たちが支配する国際金融権力によって、立案され、計画されました。当事国に必要な「資金と武器」の供給にいたるまで全ての支援を受け、意向を受けた政治家が両国に配されます。戦争は、用意周到に意図的に起こされてきました。

これほどまでに巨大な力を持つロスチャイルド一族は、欧米ばかりでなく日本にも大きな影響を与えてきました。それでは、次に「日本の近代の歴史」を振り返っていきましょう。

明治以降から現在に至る歴史の中で、特に戦争とお金の分野では、いつもロスチャイルド家またロックフェラー家が、深く関わっていました。
彼らはけっして歴史の表舞台に出てくることはありませんが、日本の歴史上の大事件の裏には、いつも彼らの存在があったのです。

明治以降の日本の歴史は、ロスチャイルド家およびロックフェラー家、また彼らに仕える国内の政治家によって起こされてきた戦争の歴史であるといっても過言ではありません。



アメリカのフーヴァーFBI長官は共産主義運動(共産党)に関与する人物を次の5つに分類している。大阪都構想、地方分権、道州制はサンクチュアリシティへの道。日本解体へ


「共産化しようという勢力」と「共産化を阻もうとする勢力」。戦後、メディア、あるいは言論界を支配した人たちの多くは共産主義者。「(正統派)歴史認識者」と「歴史修正主義者」との戦い。図書館の左翼司書がリクエスト拒否


リベラルとは偽装された左翼、隠れ共産主義者。リベラルはかつて、「左翼リベラル」と呼ばれていた時代があり、その正体は暴力革命をあきらめたに過ぎない革命家。田中英道


赤い共産主義だけじゃない。日本を破壊している白い共産主義、フランクフルト学派の批判理論(非暴力革命理論)を武器に使う隠れ共産主義の恐ろしさ


アパ論文優秀賞(pdf) 「戦後七十年の今年を、日本を取り戻す反転攻勢の節目の年にせよ―保守言論人が果たすべき使命―」 (近現代史研究家) 中村敏幸氏



フェイクヒストリー(嘘の歴史)で国民を洗脳する朝日新聞やNHKなど左翼系メディア。フェイクニュースの集積がフェイクヒストリー。朝日新聞とNHKが反日報道を繰り返す理由


通州事件 加藤康男「慟哭の通州 昭和十二年夏の虐殺事件」。『八月十五日からの戦争「通化事件」日本人が知らない満洲国の悲劇  第二部 満洲の墓標「お町は日本の女でございます」』



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プロフィール

リベラルとは隠れマルクス主義者、フランクフルト学派の批判理論(非暴力革命理論)を武器として使い日本を内部から破壊する文化的マルクス主義者です。正体は暴力革命をあきらめたに過ぎない革命家です。在日朝鮮人と結託して、日本を弱体化している連中です。
共産党は、共産主義と名乗っているので赤い共産主義者と分かりますが、白い共産主義者は名乗りません。剥き出しの共産主義では社会への浸透力に弱いのです。
大学やメディア、法曹界を中心に文化マルキストが大勢居ます。勉強をして大学へ進み、東大など知識階級であるほど、マルクス主義になります。

GHQが生み出した敗戦利得者とその系譜であり、日本の敵の正体です。敵の正体とは何なのかを知らしめることが敵への攻撃となります。


「……大金持ちの一団、彼らは西洋地域の政治、経済、社会の各方面で、きわめて大きな影響力を持つ。その一団が人知れず集まってたくらむことは、後にたまたま起きたかのように現実となる。」―――――英国 『タイムス』紙 1977年

「成長の過程でナショナリズムに染まった国民に再教育を施し、主権の一部を超国家機関に預けるという考え方になじませるのは、骨の折れることだ。」―――――ビルダーバーグの創設者、ベルンハルト殿下

グローバル主義者の文書では「人権」と「社会正義」の用語は暗号として使われ、自由の制限と国連による管理の強化という意味になる。

多くの政治的国際主義者は人々を怖がらせないように気を利かせて、世界政府という単語を使うことは絶対にしません。
代わりに“新国際秩序”とか“新世界秩序”という記号のような言葉を使います。
ニューワールドオーダー(新世界秩序(人間牧場))とは、別の言い方ではワンワールドであり、一般的にはグローバリゼーションと言われています。

国際主義(グローバリスト)は、「思想戦」と「経済戦」が柱なのです。双方とも、国家という枠組みを超越した戦争です。二十一世紀の共産主義とは、思想戦(左翼リベラル(批判理論による内部からの秩序破壊、分断工作))と経済戦(国家を含め障害になるすべてのものに対しマネーで決着をつけることになる新自由主義・市場原理主義)というグローバリズムなのです。


学術界に左翼を潜入させる試みは、左翼の人員を養成する戦略の出発点としては効果的だった。40年以上経った今日でも、この戦略は明らかに成功を収めている。
数え切れないほどの若いアメリカ人大学生が、世俗主義、リベラルな社会的道徳観、そして、ねじ曲げられた歴史観を奨励する教授たちによる、伝統的アメリカを悪役に仕立てる講義を受講してきた。多くの学生たちは、その後大学院で学位を取得し、学術界でキャリアを築き、今度は彼らの生徒に対して、伝統的アメリカを悪魔化する左翼的思想教育をし続けている。(トランプのアメリカより)

フランクフルト学派はご存知のように一種のマルクス主義です。フランクフルト大学の社会学の教授連中がナチスに追われて、亡命先のアメリカで彼らの批判理論、つまり既存の秩序を批判しろ、家族も破壊しろという理屈を流布したわけです。
よく知られているのがヘルベルト・マルクーゼで、彼らの影響を受けて、日本では社会学の上野千鶴子氏あたりがジェンダー・フリーなどを主張しているわけですよ。男女平等とか、ジェンダー・フリーに取り組んでいる連中はおおむねフランクフルト学派的な思考をする人たちですね。
このことを認識している者もいるけれども、ほとんどが知らないで、男女平等はいいことだ、性差があってはいけないとか言っています。(髙山正之氏、馬渕睦夫氏「日本人が知らない洗脳支配の正体」より)


リベラルは「隠れマルクス主義者」にあたる。左翼の取れた、リベラルというまやかしの名前に隠されているが、その実態は暴力革命をあきらめ、経済破壊から文化破壊へシフトした革命家。(田中英道氏)

ロシア(ユダヤ)革命の思想を受け継ぐ革命家たちは、暴力的手段による共産主義革命から文化を乗っ取ることによる内部崩壊方式に戦術を変更したに過ぎない。(馬渕睦夫氏)
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