日本のメディアを支配する“隠れマルクス主義”フランクフルト学派とは。田中英道論文要約 

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社会崩壊を企む恐ろしき「フランクフルト学派」:田中英道論文要約

ソ連崩壊で共産主義の脅威は去ったと安心していたらトンでもない、雑誌正論8月号の田中英道氏の論文「日本のメディアを支配する”隠れマルクス主義”フランクフルト学派とは」は実にショッキングな内容だった。 以下に要約を。平凡社「大百科辞典」も参考にした。

西欧では1917年10月のロシア革命以後ドイツではミュンヘン、ベルリンで革命が試みられたがドイツ軍にまたたく間に鎮圧され、ハンガリー・ブダペストでは1919年一旦革命政権が成立するが数ヶ月で崩壊し、その後どこにも革命騒ぎは起きなかった。 ハンガリー革命に参加したルカーチはソ連に亡命し、革命が成功しない原因を分析した。 結論は人民の伝統文化即ちキリスト教的思考が染み付き真の階級利益に気付かないのだ、従って革命を起こすには伝統文化を根底から破壊することだとなった。古い価値の根絶と新しい価値の創造を主張した。 彼を中心に1923年ドイツ・フランクフルト大学にマルクス主義研究所が設立されフランクフルト学派の誕生となる。

その後マックス・ホルクハイマ―が同学派の中心となり労働者階級は革命の前衛とはならないと考え、古臭い闘争マニュアルを捨て、新しいマニュアルをつくった。 敵は資本主義ではなく西洋文化。政権転覆は暴力によるのではなく長期に亘る忍耐強い西洋文化・キリスト教精神の破壊により行え。その為文化教育制度を握れ。 となり、この根拠となる「批判理論」を提唱した。 そしてM.ホルクハイマーを始めT.W.アドルノ,W.ベンヤミン, H.マルクーゼ,E.フロム,ノイマン、J.ハーバーマス,シュミットなどの学者が輩出した。

この学派のユダヤ人学者(ホルクハイマ―も含め)達はナチスの台頭と共にアメリカに亡命し、コロンビヤ大学の援助を受けアメリカでフランクフルト学派を設立した。 彼等は表立ってはマルクス主義を表明せず、マルクス主義の用語も使わないので政治的には共産主義が根付かないアメリカでもこの思想が知識人に受け入れられ流布した。先の「批判理論」である。

「広辞苑」によればこの理論は《現代の技術的合理性が、自然支配と社会支配という二重の疎外を惹起していることを批判し、独自のユダヤ的ユートピア意識(革命、メシア思想)のもとに理性の復権を目指す》とある。

現代人の社会からの疎外を否定することは、即ち文化の主な要素を完全否定することになる。 その批判・否定対象は「キリスト教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級性、道徳、伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義」など何から何まで全てと言った具合。

よく見るとこれらは戦後の日本人が批判してきたもの全て(キリスト教以外)が含まれている。
そうですマッカーサー司令部の中にもこの学派の影響を強く受けた連中がいて憲法制定を始め戦前の日本を全否定する所謂東京裁判史観を植え付けていったのだ。

フランクフルト学派という名称が生まれ,広く脚光を浴びるようになったのは 50 年代以降,ホルクハイマーとアドルノが帰国して研究所を再建してからである。とくにアドルノの各方面にわたる多彩な批評活動, 60 年代の学生反乱の時期でのマルクーゼの言動,学会でのハーバーマスの理論活動によって,国際的に評価を得たといえる。 1968年の「5月革命」や日本の全共闘の動きもこの学派の影響である。

この思想は日本には戦後アメリカから入ったのだが第二本家アメリカより(?)日本において大成功したとも言える。 日本のあるフランクフルト学派学者は「この思想は”理性的なものををつぎつぎと破壊していく”という思想である。あるいは”現在私達が持っている人間性を完全に破壊したところで初めて何か新しいものが始まる、というラディカルな思考”というも のだ」と言っている。 その先はテロの肯定に至ることになる。


この学派とは別にムッソリーニにより投獄されたイタリア共産党の書記長グラムシがロシア革命の実態に絶望して書いた「獄中ノート」がルカーチの理論と酷似していたことと若死にしたこともあってカリスマ性を高め、新しいマルクス主義の教典となりフランクフルト派学者によく引用されることになった。

先のルカーチはハンガリー革命政権で教育人民委員代理として文化教育制度の実権を握り、家族否定の実践として従来の道徳を否定する性教育制度を実施した。 それは、自由恋愛思想・セックスの仕方の教育、中産階級の家族倫理や一夫一婦制の否定、人間の快楽の全てを奪う宗教の否定などであった。 つまり家族・家庭の否定が目的だ。幸いこの政権は半年で挫折したので目的は達成しなかったが。

日本に置ける最近流行りの男女共同参画社会とかジェンダーフリーなどというのは完全にこの一派の亜流である。

一教師の勝手な判断で過激な性教育を校長に内緒でやっている小中学校学校があるというから恐ろしい。 彼等は小中学生にまでセックスの仕方や避妊方法を教え、セックスは快楽であるとまで教えていると言うし、道徳教育は一切しないのだから学校がフリーセックスを奨励しているわけだ。


その根源は過激な左翼活動家の主張する「性の解放」にあり、子供を生むか否かの決定権は女性にあるなどと主張し、結婚制度/一夫一婦制を否定するものだ。 それは田中論文で紹介された左翼(フランクフルト学派)の真の狙い,、即ち共産主義社会実現のために伝統文化の全てを否定する一貫としての家族制度の破壊にほかならない。 尤も学校でこんな教育をやっているオッチョコチョイな教師はこの真の狙いは知らないのだろう。

自分の孫達がこんな教育を受けたらと思うと実に恐ろしい。いや絶対に受けさせてはならない。 ここであることを思い出した。 別項「男らしさ女らしさの追放」 で述べたように、男女共同参画社会基本法制定の審議会が極端なイデオロギーを持つフェミニストたちに牛耳られ、本来とかけ離れた危険な法律となってしまったが、審議会終了後そのフェミニスト同士の対談で、如何にして自分たちが何も知らない事務局の人間を手玉にとって、この基本法のうちに自分達のイデオロギーを巧みに盛り込んでしまったかを「ふりかえったら『そんなことやってしまっていたボクちゃん』(笑)ということでしょうか」と彼女らは法案にかかわった男性役人を嘲笑していた。

田中論文でこの嘲笑の意味が完全に理解できた。

現場の教師も官僚も恐ろしい真の狙いを知らない訳だ。

兎に角恐ろしいフランクフルト学派。 知識人をとらえているものだから学者、政治家、官僚そしてマスコミの中に蔓延しているから益々恐ろしい。 上述の教師や官僚も含めて、この学派の真の狙いには気がつかず表面的な思想を過激に実施しているのも多いのだろう。 真の狙いとは「マルクス主義というのは、資本主義下でつくられた人間を破壊したうえでないと共産主義にいけない」という考え。

論文中に出てこないが左掛かった人がお好みらしい「敗北を抱きしめてー第2次大戦後の日本人」の著者ジョン・ダワーもフランクフルト学派の影響を受けていると思われる。

田中論文は更に言う。 保守派はいつのまにか文化的な教養も感受性も失っていると。 保守派は経済と政治しか話題にしない、自民党の大部分を見れば明らかというの尤もだ。 実に手厳しい指摘ではないか。

しかし例外も有った。 文芸春秋8月号に石原慎太郎と中曽根元首相との座談が載って入るが(他に石原・安部、石原・野中対談も)、そこで中曽根氏は「政治は権力の為にあるのではなく、文化に奉仕するためにあると考える。国の歩みは結局文化です。そし政治家たる者歴史の法廷に立たされているということを常に意識すべきだ」と語っている。 やはり中曽根氏は戦後の首相の中で秀逸な人だと思う。

それは兎も角我々は強敵フランクフルト学派一派の狙いを理解し闘わねばならないことを肝に銘ずる必要がある。



パトリック・ブキャナンの『西洋の死』(日本版『病むアメリカ、滅びゆく西洋』)。フランクフルト学派もしきりに引用する、イタリア共産党書記長グラムシの思想。「カウンター・カルチャー」(対抗文化)を標榜した緑色革命
ブキャナンはやはりグラムシの役割を重視し、次のように述べている。
《グラムシは労働者階級が、幻想だと知ると、革命の新兵として、「歴史的に反主流派とされる層、経済的に虐げられた人々だけでなく、男性に対する女性、多数民族に対する少数民族、犯罪者まで」すべてが含まれると考えた。
犯罪者が悪いのではなく、犯罪をおこさせた社会が悪いのだ、と。加害者が逆に保護される。被害者は安穏と暮らしてきた保守的な階級だ、とばかり。「新世代の若者はみな疎外感にもがき苦しんでいるからこそ」犯罪に走るのだ。「黒人や貧困者、世の中の敗者」脱落者こそ英雄なのだ》と。

ふつう左翼は「闘争至上主義」にはしり、権力を奪取し、上から文化革命を押し付けようとする。しかしグラムシは《発達した資本主義社会では機動戦から長期間の陣地戦への移行を必然とする》と考える。
まずは市民社会の文化を下から変える必要がある。そうすれば熟した果実のごとく権力は自然と手中に落ちてくる、と主張するのである。
そのために、文化変革には種々の制度―芸術、映画、演劇、教育、新聞、雑誌、さらにラジオという新媒体―転換のための「長い長い工程」を要する。
それらを一つひとつ慎重に攻め落とし革命に組み込んでいく必要がある。そうすればやがて人々は徐々に革命を理解し、歓迎さえするようになる、と。

世界のメディアを支配する“隠れ共産主義”フランクフルト学派 体制の内部に入り、その中から、「体制否定」の理論を繰り返すことによって、社会の内部崩壊をもたらそうという理論。田中英道
このフランクフルト学派の代表的な論者《マルクーゼの『一元的人間』は、「右翼に対する不寛容、左翼に対する寛容」を要求し、そこに「教育的専制」を行い、一方で「開放的寛容」を要求した。これが一元的態度である。逆ファシズムである。
ベトナム戦争で、戦争擁護派を黙らせ、戦争反対で、そのくせベトナムの旗を振る過激派を支持した。右翼の暴力は許さないが、左翼なら何でも大目に見る。これでなぜ左翼がテロを行い、右翼に対しては絶対に許さない態度をとることが当然であるかがわかる》とブキャナンは述べている。一見フェアのような学者の理屈も実をいえば党派的なものなのだ、と。

こうした思想を大学時代に教えられると、その破壊的な傾向が、大学に残った学者にも報道機関や出版社に就職していったジャーナリストにも受け継がれていくのである。

メディアが左翼の理由。日本のメディアを支配する“隠れマルクス主義(隠れ共産主義、隠れ共産党)”フランクフルト学派。9条守れ、改憲反対といい、それに抗うような政権は印象操作、報道しない自由、偏向、捏造、レッテル貼り、何でもありで潰していく
今の日本は、実は隠れマルクス主義者にとって、二段階革命の第一段階目にあたります。
共産主義革命(暴力革命)を阻止する軍隊の存在を否定した憲法9条は、まさに本拠地であり、牙城であり、「9条改正」に対して断固反対し続ける理由なのです。
メディアが隠れマルクス主義者の巣窟であり、9条守れ、改憲反対といい、それに抗うような政権は嘘だろうが、疑惑があると悪いことをやっているように印象操作、報道しない自由、偏向、捏造、レッテル貼り、何でもありで潰していくのです。倒せる、倒すとなると、いざ鎌倉となるわけです。敗戦利得者たちは、戦後レジームからの脱却を阻止する体制を築いているのです。
愛国者を出演させることはほとんどなく、リベラル派の芸能人や進歩的知識人・文化人などの左翼ばかりを出演させ日本が悪いと批判を続け、国民を洗脳し続けています。NHKや朝日新聞など左翼系メディアを中心にフェイクヒストリー(嘘の歴史)を使って、自虐、反日の東京裁判史観(GHQ史観)を国民に植え付けています。
また国家の価値や民族の価値、それらのナショナリズムが良いと報道することはなく、極右、排外主義、差別主義だとかレッテル貼りを行い、多民族、多文化共生だ、男女平等だ、LGBTだ、差別だ、人権を守れ、ヘイトスピーチを許さないと左翼リベラルの代弁者となり、国家を徐々に全体主義化していく先兵ともなっているのです。
メディアには、多くの在日朝鮮人が入り込んで反日工作を行っていますが、日本弱体化を謀る敗戦利得者同士であり、利害が一致しているわけです。

白色共産革命の総仕上げは、女系天皇、女性宮家創設
(天皇陛下=日本文化の歴史性、統一性、全体性の象徴であり体現者、日本そのものであり、万世一系である男系を崩せれば日本を完全に壊せるのと同じで、他は労せずして崩れていく)

目が覚めて思うこといろいろ 「人殺し予算」と叫んだ共産党を守るマスコミは共産主義者の巣窟。連中こそが日本人の人権を最も蔑ろにする!
すごいですね。共産党が「人殺し予算」と言ったこと、27日夜のテレビ報道では、全然なかったんですけど。これほど自衛隊を侮辱した「ヘイトな言葉」はないと思うんですが、どうして全く取り上げられないんですか?どうして共産党は全く非難されないんですか?
さすが、どこもかしこも「共産主義者の巣窟」ですね。
さすが、かつて慶應大学教授の金子勝がテレビで自衛隊のことを「人殺し集団」と罵っただけあります。許せません。
私たち日本国民は、どうしてこんなヘイトな言葉を何度も我慢しなければならないんですか!?自衛隊へのヘイトは、すなわち日本国民へのヘイトですよ!何故なら日本国民を守ってくれる自衛隊へのヘイトですよ。
これは、自衛隊が日本国民の命を助けるから、自衛隊を嫌っているも同然じゃないですか!
「人殺し予算!」 「人殺し集団!」 「暴力装置!」 そして、「日本死ね!」
なんででこんな言葉がまかり通るんですか!?



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