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赤い共産主義だけじゃない。日本を破壊している白い共産主義、フランクフルト学派の批判理論(非暴力革命理論)を武器に使う隠れ共産主義の恐ろしさ

白い共産主義とは、隠れマルクス主義(名乗らない共産主義)、フランクフルト学派の批判理論(非暴力革命理論)と言われるものです。
フランクフルト学派と呼ばれるコミュニストは労働者階級の蜂起をあきらめ、変革のターゲットを「経済」から「文化」へシフトしました。
西欧では1917年10月のロシア革命以後ドイツでもミュンヘン、ベルリンで革命が試みられましたがドイツ軍にまたたく間に鎮圧され、ハンガリー・ブダペストでは1919年一旦革命政権が成立するが数ヶ月で崩壊し、その後どこにも革命騒ぎは起きませんでした。
ハンガリー革命に参加したルカーチはソ連に亡命し、革命が成功しない原因を分析した結論は人民の伝統文化即ちキリスト教的思考が染み付き真の階級利益に気付かないのだ、従って革命を起こすには伝統文化を根底から破壊すること、古い価値の根絶と新しい価値の創造を主張したのです。
マルクス主義は「階級」という言葉を盛んに使いますが、社会で役割分担されているものを「階級」と巧妙に言い換えて「闘争」することで今日より明日が必ず良くなる「階級闘争史観」に基づく思想を持っています。

フランクフルト学派 は、マルクスの弟子ルカーチ(両方ユダヤ人)がドイツのフランクフルト大学で1923年に設立した「マルクス研究所」から始まりました。
その後、マックス・ホルクハイマ―が同学派の中心となり敵は資本主義ではなく西洋文化。政権転覆は暴力によるのではなく長期に亘る忍耐強い西洋文化・キリスト教精神の破壊により行え。その為文化教育制度を握れ。 となり、この根拠となる「批判理論」を提唱しました。
そしてM.ホルクハイマーを始めT.W.アドルノ、W.ベンヤミン、 H.マルクーゼ、E.フロム、ノイマン、J.ハーバーマス、シュミットなどの学者を輩出しました。 この学派のユダヤ人学者(ホルクハイマ―も含め)達はナチスの台頭と共にアメリカに亡命し、コロンビア大学の援助を受けアメリカでフランクフルト学派を設立したのです。
労働者階級(プロレタリアート)の共産主義革命(暴力革命)ではなく、知識階級(インテリ)を通じて長期にわたる忍耐強い作業が必要になるが共産主義を実現することができるとされました。知識階級を通じてその国の歴史や文化、伝統をじわじわと破壊、社会秩序を破壊することにより国家を弱体化しようと企てたのです。

戦後、GHQの中にいたフランクフルト学派により日本に本格的に導入(占領憲法である日本国憲法)され、公職追放によって空席となった大学や教育機関、研究機関、行政には多くの左翼が採用され、フランクフルト学派的な隠れマルクス主義思想が入っていきました。
日本の歴史教科書はほとんど、この隠れマルクス主義、コミンテルン(日教組自虐)史観であり、多くの国民はもちろんマスメディアや政治家、法曹関係、官僚もこの思想に洗脳されています(勉強をして大学へ進み、東大など知識階級であるほど、マルクス主義になります)
フランクフルト学派の批判理論は、国家や共同体を「常に自分を規制し、不幸にするもの」として考え、「反体制」「反権威」が人間的であることの証のように解釈されました。GHQのプレスコード(現在も守られている)によって戦前の価値観が一切否定され、同時に知識階級が雪崩を打って共産化していったのです。
1960年の安保闘争の頃から、「民主主義」「マルクス主義」「反権力」「反体制」「反権威」「反エリート」「人権」「平等」など、フランクフルト学派的な言葉が政治主張としてどんどん使われ始めるようになりました。同様の展開は、アメリカでも起こっていて、潜在的な社会主義化あるいは左翼化が、あたかも「民主主義」の名で展開しました。
今までのように「社会主義」「共産主義」といった言葉は使われなく、民主主義と言えばすべてが正しいことになり、それに仕えるリベラル、自由主義だということになれば、これもまたすべて正しいということになりました。実は共産主義思想であるものを、民主主義、自由主義、個人主義、普遍的な価値だとか人権だとかいって広めていったわけです。

フランクフルト学派の批判理論は社会は常に悪いとし「その社会に対して批判と攻撃を重ねていくことで、人々に生きていることへの厭世観と疎外感を与える」ことです。フランクフルト学派はまず、「社会をつくりあげてきた伝統的な文化を否定する」ということから始めました。
キリスト教(日本では天皇。共和制や女系天皇、女性宮家創設で総仕上げ)、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族主義、因習、保守主義などを否定し始めたのです。
勝利の大前提は、西洋人がキリスト教精神を捨て去ること、文化教育制度を掌握することでした。1960年代、アメリカではヒッピーと言われる長髪で髭をはやした若者がギターを奏で、盛んに「反戦」を叫ぶようになったのは、批判理論が生みだしたものです。
隠れマルクス主義者は、そのような様々な文化や伝統、古い価値観を批判し、その反対者には極右やファシスト、レイシスト、差別主義者、排外主義者とレッテルを貼って言論を封じていきます。自説の敵には、たとえ嘘でも捏造しても「ウソも100回言えば本当になる」と繰り返し主張して言論を封じて行きますが、自己の責任は、他に転嫁し責任逃れをします。
隠れマルクス主義者の戦略はアメリカでもヨーロッパでも共通しており、阻害を武器として狙うということです。
なぜ、このようなことになってしまったのか、原因は大学にあり、戦後、ソ連によって一度建設された社会主義体制への、社会主義そのものへの幻想は、思想家である大学教授の手で大学組織に組み込まれたのです。そして「批判理論」のイデオローグはその大半が大卒者で占めるマスコミという情報機関の中枢に入り込みました。
マルクス主義が失敗した経済主体の変革ではなく文化主体の変革という恐ろしいほどの幻想を、テレビ、新聞、雑誌などを通して撒き散らしているのが現在の状況です。


かつてリベラルは、「左翼リベラル」と呼ばれていた時代がありました。マルクスが打ち立てた革命思想にもとづいて、プロレタリアート(労働者階級)蜂起による共産主義革命を目指す政治運動と密接に結びついていたからです。
ところが、1991年12月、マルクス・レーニン主義を掲げて1922年に建国されたソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)が崩壊します。プロレタリアート蜂起による共産主義革命国家の存続は不可能であるということが、具体的に証明された瞬間でした。
左翼リベラルの「左翼」の部分が根拠を失い、解体したのです。今もあいかわらずプロレタリアート革命にこだわる団体、メディアは存在してはいますが、左翼は当然この失敗を認識していて、旧来の革命思想に自信を失っています。自分たちが左翼と呼ばれることを今のリベラルが嫌がる理由のひとつであります。
左翼と呼ばれることをリベラルは嫌がりますが、ここには大きな欺瞞があります。なぜなら、リベラルのグランド・セオリー(すべての領域に適用される考え方・理論)は、あいかわらずマルクス主義思想だからです。
資本主義が成熟すると必ず矛盾が生まれ、社会主義を経て共産主義の理想に至るという考え方は何も変わっておらず、そこに至るための方法はやはり“革命”です。リベラルにとっては、革命の中の、プロレタリアート革命というひとつの方法が不可能となっただけの話です。革命とは、既存の体制、社会を破壊することを言います。
一方で、自分はマルクス主義者ではないと思っているために左翼と呼ばれることを嫌がるリベラルも存在します。しかしそれは、勉強不足などいろいろな理由から「自分自身が気づいていない」というだけのことに過ぎません。端的に言えば、無知な人たちです。

プロレタリアート革命は不可能であるという事実から、左翼という言葉のとれた、または左翼という言葉を意識的にはずしたリベラルは、同時に、自らの思想からマルクス主義という立場を隠し始めました。なぜならマルクス主義は、不可能が証明されたプロレタリアート革命を理論に含んでいるために矛盾を起こすからです。
また、「自分自身はマルクス主義ではない」と思っているリベラルは、それを知らずに、あたかもやさしく、中立であるかのように振舞っているリベラルという言葉にごまかされて自称しているだけのことに過ぎません。
リベラルは「隠れマルクス主義者」です。「偽装された左翼」と言ってもいいでしょう。ソ連崩壊で明らかになったように、事実上不可能となったプロレタリアート革命に代替する革命の方法をリベラルは模索しました。その模索の結果として何が出てきたかと言えば、次のようなものがあります。
「フェミニズム(男女同権論、女権拡張論)」、「ジェンダー・フリー(社会的性別からの解放)」、「カルチュラル・スタディーズ(多種多様な文化的行動を主に権力との関係から研究する学問および政治的批判・運動)」、「多文化主義(異なる文化を持つ集団は対等な立場で扱われなければならないとする思想および政策)」、「夫婦別姓」、「同性婚」、「LGBT」など。
多文化主義とは、「文化を否定し、破壊するための理論」です。社会や国家にはそれぞれの文化があるという価値を認めません。文化を均一化し、その結果何が起こるかと言えば、各国文化の消滅です。
ゆとり教育を取り入れ、ジェンダーフリーを推進したのは隠れマルクス主義者の文部官僚であり、コミンテルン用語に「内部穿孔(せんこう)工作」がありますが、内部に潜り支配したわけです。

リベラルは、マルクスの言う資本主義に生じる矛盾の結果を、すでに否定されたプロレタリアートの「必然的貧困」ではなく、「人間疎外」に変換していきました。「疎外」もまた、マルクスの哲学用語として、1970年代、進歩的知識人と呼ばれた人々の間でずいぶん流行った言葉です。
「出世ができない」「やりたいことができない」という個人的な不満から「国が応援してくれない」「福祉が十分ではない」という国に対する不満まで、一般の中間層においても普通の社会に生きていれば皆、そういう疎外感を持つのは当たり前です。リベラルはそれを利用します。
「今は疎外されているけれど未来はよくなる」「人々が完全に満たされる社会になる」という幻想を与え、現在の共同体や社会、国家のありかたを批判し、否定します。「犯罪が起きたのも犯罪者が悪いのではなく、犯罪を起こさせた社会が悪い」「子供がこのような非行に走るのも、大人が悪い。阻害している社会が悪い」など、常に物事を批判的に見て社会に責任転嫁していくのです。
ここでひとつ注意しておきたいのは、「批判」という言葉です。批判されるのは、批判される側に問題があるからだと考えがちです。しかし、リベラルにとって重要なのは、問題ではなく、批判する行為そのものです。リベラルには「批判理論」という、批判すること自体が意味と意義を持つ理論がちゃんとあります。
「批判ばかりで何もないではないか」「批判するがための批判ではないか」といった苦言がリベラルにまったく届かない理由はまさにここにあるのです。

リベラル、リベラリズムには、いくら否定しようがその正体は隠れマルクス主義と言って間違いありません。今のリベラルという言葉は、マルクス主義を隠すためのごまかしであり、中立でもなく、その根幹に国家の破壊が常にあるということです。リベラルとはつまり、プロレタリアート革命に限っては方法としてあきらめたに過ぎない「革命家」のことを言います。
依然、その理想は「共産主義」であり、その手前の段階としての、資本主義下での「社会主義」を、今より良い社会体制だと考えます。しかし、ソ連崩壊という事実はもちろん、資本主義が最も進んでいるといわれるイギリスにおいてさえプロレタリアート革命が起こる気配がないことでも、理論として破綻しています。そこで隠れマルクス主義者であるリベラルは、革命に至るための変革対象あるいは破壊対象としては、経済を見放すことにしました。
リベラルは経済の替わりになる破壊対象を模索しました。そして目をつけたものこそ、「文化」でした。フェミニズム、ジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズ、多文化主義などを通して、リベラルが伝統に対して否定的な立場をとり、伝統の破壊に走るのはこれが理由です。
多文化主義に基づくポリティカル・コレクトネス(PC)によって言葉狩りを行うことやヘイトスピーチ規制法、犯罪者であっても人権が過剰に守られるなど異常な判決、女性が子供を産むか生まないかは自由だ、過激な性教育、という背後にも「隠れマルクス主義思想」があります。リベラルは、ポリコレにより少数者優遇、多数者差別の言葉狩りを行い、ヘイト規制により自分達に不都合な言論を封じ、移民に寛容であるべきだと主張します。
このフランクフルト学派の批判理論を言い換えれば、既存の秩序は多数者の秩序であるから多数者から阻害されている少数者はこの秩序を破壊せよという革命的扇動になるのです。隠れマルクス主義であるリベラルの根底には、「資本主義下でつくられた人間を破壊した上でないと共産主義に行けないというマルクス主義」の考え方が基づいています。
リベラルが文化に対する批判を意図的に集中してやってきた意味を理解できずにきたために、今や修復不可能と思われるほどに、文化や伝統は破壊されてしまいました。


国家や国籍など関係ない、国境をなくし人の移動を自由にするのがグローバリズム(世界のユダヤ化)です。ユダヤ化とは、国境をなくし、国家をなくし、民族文化もなくす(根無し草の人類にする)ことです。ただし、ユダヤ人だけは別で、金融で世界を支配することが最終目標です(FRBは民間銀行)
グローバリズムは、ユダヤ人が主導している場合が多いのですが、グローバリズムとはユダヤ思想であり、そもそも「国境をなくすという思想」は、ユダヤ人がずっと唱えてきたことだからです。西洋思想だと思っているのは、ほとんどがユダヤ思想であり、共産主義もそうですが、社会主義もリベラル思想もユダヤ思想なのです。
共産主義もグローバリズムも、元々国を持たなかったユダヤ思想であり、どちらもごく一部の者(大資本家)だけが支配する独裁の世界を目指すことに変わりはありません。 現在では、共産主義がグローバリズムに衣替えしました(グローバリズムは二十一世紀の共産主義)
グローバリズムを推進したヨーロッパでは移民を大量に受け入れたがために、民族間の対立を生み各国の文化や伝統を破壊し続けています。
日本が移民(実質移民である外国人労働者)を大量に受け入れれば、文化や伝統を破壊することなどたやすくなります。一番間違いなく国家を内部から弱体化する方法が移民なのです。

世界は、「共産主義」「社会主義」「左翼リベラル思想」「ネオコン(新保守主義)」「新自由主義(ネオリベ)」などの国際主義者(グローバリスト)と、国家の価値や民族の価値を重視する愛国者であるナショナリストとの戦いが続いています。
ロシア(ユダヤ)革命はまだ終わっていなく1991年のソ連邦崩壊によってロシア革命はその使命を終えたと無邪気に信じがちですが、決してそうではないのです。ロシア革命の思想を受け継ぐ革命家たちは、暴力的手段による共産主義革命から文化を乗っ取ることによる内部崩壊方式に戦術を変更したに過ぎません。
アメリカのウィルソン大統領は、ロシア革命を支援し、トロツキーにアメリカのパスポートを与えてロシアに戻しました。フランクリン・ルーズベルト大統領は、ソ連をアメリカで初めて国家として認めました。その後、スターリンと組んでヒトラーと日本をたたき、支那を赤化させたのです。アメリカの金融資本家(グローバリスト)が、ロシア革命やソ連を支援したのです。
大虐殺を行ったスターリンや毛沢東よりも、ヒトラーを悪とするマルクス主義史観(コミンテルン史観)が世界を覆っているのには、ロシア革命の真実を隠す必要があるからなのです。

実は、現代の日本はいまだに、隠れマルクス主義者であるリベラルにとっての、二段階革命の第一段階目にあたり、共産主義化への道半ばなのです。革命を阻止する軍隊の存在を否定した憲法9条は、まさにリベラルにとっては本拠地であり、牙城であり、「9条改正」に対して断固反対し続ける理由です。
多くのメディアは、進歩的知識人・文化人などの隠れマルクス主義者ばかりを出演させ、9条守れ、改憲反対と繰り返し、国を守りたい愛国者は出演させることはなく、右翼だとかファシスト、軍国主義、差別主義者だとレッテル貼りを行なって視聴者を洗脳し続けています。メディアが隠れマルクス主義者の巣窟であり、9条守れ、改憲反対と訴え、それに抗うような政権、日本を弱体化している戦後レジームから脱却する政策を行おうとする政権、政治家は印象操作、偏向捏造レッテル貼りなんでもありで潰して行きます。
またメディアには、多くの在日朝鮮人が入り込んで反日工作を行っていますが、日本弱体化を謀る敗戦利得者同士であり、お互いの利害が一致しているわけです。赤色共産革命は失敗に終わったと見られていますが、白色共産革命を目指す隠れマルクス主義者が現在日本及び世界でも共産主義化への運動を続けているのです。

田中英道氏『日本人にはリベラリズムは必要ない。「リベラル」という破壊思想』、『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法』他より。馬渕睦夫氏「国難の正体」、「日本の敵グローバリズムの正体」、「世界を操る支配者の正体」、「反日中韓」を操るのは、実は同盟国・アメリカだった!、アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ―「日米近現代史」から戦争と革命の20世紀を総括する、世界を操るグローバリズムの洗脳を解く―日本人が知るべき「世界史の真実」他より


 
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プロフィール

リベラルとは隠れマルクス主義者、フランクフルト学派の批判理論(非暴力革命理論)を武器として使い日本を内部から破壊する文化的マルクス主義者です。正体は暴力革命をあきらめたに過ぎない革命家です。在日朝鮮人と結託して、日本を弱体化している連中です。
共産党は、共産主義と名乗っているので赤い共産主義者と分かりますが、白い共産主義者は名乗りません。剥き出しの共産主義では社会への浸透力に弱いのです。
大学やメディア、法曹界を中心に文化マルキストが大勢居ます。勉強をして大学へ進み、東大など知識階級であるほど、マルクス主義になります。

GHQが生み出した敗戦利得者とその系譜であり、日本の敵の正体です。敵の正体とは何なのかを知らしめることが敵への攻撃となります。


「……大金持ちの一団、彼らは西洋地域の政治、経済、社会の各方面で、きわめて大きな影響力を持つ。その一団が人知れず集まってたくらむことは、後にたまたま起きたかのように現実となる。」―――――英国 『タイムス』紙 1977年

「成長の過程でナショナリズムに染まった国民に再教育を施し、主権の一部を超国家機関に預けるという考え方になじませるのは、骨の折れることだ。」―――――ビルダーバーグの創設者、ベルンハルト殿下

グローバル主義者の文書では「人権」と「社会正義」の用語は暗号として使われ、自由の制限と国連による管理の強化という意味になる。

多くの政治的国際主義者は人々を怖がらせないように気を利かせて、世界政府という単語を使うことは絶対にしません。
代わりに“新国際秩序”とか“新世界秩序”という記号のような言葉を使います。
ニューワールドオーダー(新世界秩序(人間牧場))とは、別の言い方ではワンワールドであり、一般的にはグローバリゼーションと言われています。

国際主義(グローバリスト)は、「思想戦」と「経済戦」が柱なのです。双方とも、国家という枠組みを超越した戦争です。二十一世紀の共産主義とは、思想戦(左翼リベラル(批判理論による内部からの秩序破壊、分断工作))と経済戦(国家を含め障害になるすべてのものに対しマネーで決着をつけることになる新自由主義・市場原理主義)というグローバリズムなのです。


学術界に左翼を潜入させる試みは、左翼の人員を養成する戦略の出発点としては効果的だった。40年以上経った今日でも、この戦略は明らかに成功を収めている。
数え切れないほどの若いアメリカ人大学生が、世俗主義、リベラルな社会的道徳観、そして、ねじ曲げられた歴史観を奨励する教授たちによる、伝統的アメリカを悪役に仕立てる講義を受講してきた。多くの学生たちは、その後大学院で学位を取得し、学術界でキャリアを築き、今度は彼らの生徒に対して、伝統的アメリカを悪魔化する左翼的思想教育をし続けている。(トランプのアメリカより)

フランクフルト学派はご存知のように一種のマルクス主義です。フランクフルト大学の社会学の教授連中がナチスに追われて、亡命先のアメリカで彼らの批判理論、つまり既存の秩序を批判しろ、家族も破壊しろという理屈を流布したわけです。
よく知られているのがヘルベルト・マルクーゼで、彼らの影響を受けて、日本では社会学の上野千鶴子氏あたりがジェンダー・フリーなどを主張しているわけですよ。男女平等とか、ジェンダー・フリーに取り組んでいる連中はおおむねフランクフルト学派的な思考をする人たちですね。
このことを認識している者もいるけれども、ほとんどが知らないで、男女平等はいいことだ、性差があってはいけないとか言っています。(髙山正之氏、馬渕睦夫氏「日本人が知らない洗脳支配の正体」より)


リベラルは「隠れマルクス主義者」にあたる。左翼の取れた、リベラルというまやかしの名前に隠されているが、その実態は暴力革命をあきらめ、経済破壊から文化破壊へシフトした革命家。(田中英道氏)

ロシア(ユダヤ)革命の思想を受け継ぐ革命家たちは、暴力的手段による共産主義革命から文化を乗っ取ることによる内部崩壊方式に戦術を変更したに過ぎない。(馬渕睦夫氏)
ユーチューブ 馬渕睦夫 動画検索へ

平成の「今だけ、カネだけ、自分だけ」の時代から、令和の「本来の日本人らしい生き方に目覚める」復古の時代への転換へ。(B層からC層へ)

弱肉強食社会、「奪い合う社会」を選ぶのか。日本古来の風土、伝統である、「分かち合いの社会」を再構築する道を選ぶのか。 


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